第四百八十四話『裸の付き合い』
――色々なものが見え隠れしながらも、大きな出来事が起こることもなく無事終了した俺たちの王都初クエスト。それを追えた俺たちが向かうのは当然、冒険者ギルド――
「……はーっ、本当にいいお湯だ! クエストが終わったらまずここに来なくっちゃね!」
――などではなく。
「体の芯から温められていくかのような感覚……。ゼラ様の言う通り、相当お湯にこだわっていると見ました」
「そうでしょう? だから仕事が終わったらここに来るのがもう習慣付いちゃってるんだよねー……」
湯船につかるや否や目を丸くするクレンさんに、ゼラは満足げに頷いて体を深く沈める。……昨日俺とゼラが出会ったあの温泉に、俺たちは今日も足を運んでいた。
もちろん、ここに寄ろうという提案をしたのはゼラだ。ロアはかなり乗り気ではなさそうだったが、俺たちからの賛成もあって渋々この温泉を訪れている。女湯ではどんなガールズトークが繰り広げられているのか――それに関しては、必要そうなら後でネリンに尋ねることにしよう。
「普段は仕事帰りの冒険者がよくここに来るんだけど、最近の忙しさもあって来なくなったのも多いみたいでさ。だけど、そのおかげでここはすっかり穴場スポットだよ」
「確かに、しっかり足を延ばせるもんな……正直それはありがたいかもしれねえな」
もちろん俺たち以外の客だっているが、こうやって会話していても問題ないくらいの人数なこともあってそんなには気にならない。これだけのんびりできるのも充魔期の忙しさあっての事だろうから、それに関してはプラスだと言ってもいいのかもしれないな。
「……それにしても、本当に直行って感じだったな。腹は減ったりしてないのか?」
「空いてるっちゃ空いてるね。……だけど、今ご飯を食べたら風呂に入れるのがそうとう遅くなっちゃうでしょ?」
「……確かに、今食事をとれば温泉に入るのはかなり後回しになってしまいますね。それだけは避けたい、と」
クレンの確認に、ゼラは速攻で頷く。ゼラにとってこの場所は、冒険が終わる事とセットで存在しているルーティンのようなものなのだろう。
「……それにしても、ゼラの魔術は凄かったな。ロアから聞いたけど、英才教育も受けてないんだって?」
「あ、そこまで話してくれてたんだ。僕の家はそんなに冒険者を輩出してるところでもなかったし、養成教室に通うだけの才能もないって母さんに言われてたんだよ。だから、僕の魔術はいろんな人から教えてもらったことを少しずつ継ぎ接ぎしたものなんだ」
「それであの躍るような戦闘スタイルにたどり着くのですね……あれには私も目を疑いました。一線を退いて久しい身ですが、現役時代にもあれほど動ける冒険者がどれほどいたことか」
「一応王都トップクラスの冒険者って言われてるくらいだからね。かっこ悪いところは見せたくなかったし、そう思ってくれて嬉しいよ」
クレンさんの賞賛に、ゼラは頭を掻きながら照れくさそうに答える。かなり年の差のある組み合わせではあったが、問題なく打ち解けられているようで何よりだ。
「これが裸の付き合いってやつなのか……?」
「……ヒロト、それってどういう意味?」
俺の呟きが聞こえていたのか、ゼラはこちらに少し近づいてそう聞いてくる。――意外なことに、大衆浴場が普及しているこの世界にもその言葉はなかったようだ。
「俺の故郷で言われてる言葉でさ、打ち解けたい相手がいたら一緒に風呂に入るのがいいっていう話があるんだよ。お互いに武器も持てないし、裸だから仕込みのしようもない。……まあ、魔術を使えば色々とできちゃうんだろうけどさ」
言ってる途中で気が付いたことだが、魔術という文化がある以上この世界において裸であるということは安全保障になりえないのだ。裸の付き合いという概念が流行らないのは、魔術という文化の存在がかなり大きく出ているのかもしれない。
「……へえ、面白い考え方だなあ。僕もヒロトとここで知り合ってるし、あながち間違った考え方でもないのかも……?」
「俺とゼラの初対面は色々と特殊過ぎるからな……ちょっとその例に加えるには難しいかもしれねえや」
アレに関しては例外だが、クレンさんとゼラは裸の付き合いで歩み寄れているような気がする。それも見込んだ上でここに来ているならゼラも中々の策士だが、裸の付き合いって言葉がない以上それは考えすぎな気もした。
「……あ、それじゃあ僕の方からも質問いいかい? 仲良しの証だと思ってここは一つさ」
そんなことを考えていると、ゼラから少し変わった提案がされる。質問くらいだったらいきなりしてきても問題はないのに、そうやって前置くのは少し珍しい事だった。
「ええ、大丈夫ですよ。情報交換は大事な事ですから」
「俺も問題ないぞ。ここまで質問攻めにし過ぎてた感じあるしな」
「うん、ありがとう! それじゃあ、遠慮なく質問させてもらうんだけど――」
俺たちの許諾を得て、ゼラは子供のように両手を挙げて喜んでいる。その無邪気さは、ゼラの人徳の表れだと言ってもいいだろう。そんな態度を見て、完全に朗らかな気分になり切っていたからだろうか。
「……ロアを見てさ、二人はどう思った?」
――俺たちにそう問いかけるゼラの声が、やけに黒いオーラを纏って聞こえたような気がしたのは。
ゼラの問いに二人はどう答えるのか、そしてゼラの真意はいかに! まだまだ物語は加速していきますので、その過程も楽しんでいただけていれば幸いです!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!