第四百八十話『大船と小舟』
「……このざっくりとした括り方に、今のギルドの苦労が見える気がするわね……」
「ええ、大体その解釈で間違いありません。よほどの大型か大規模な群れでもなければ、特定の魔物だけをターゲットにした依頼というのは出してる暇もないものでして」
「そいつのもとまでたどり着くために結局関係ないのも狩る羽目になるからねえ……。単体の依頼なんてとてもじゃないけど受けてらんないよ」
ネリンの見解に、ロアとゼラから違った形の肯定が返って来る。見たことのない形態の依頼ではあれ、それが今この王都でのスタンダードになっているというのは間違いない話の様だった。
「ええと、決められた時間の間特定の地点を離れずに見回っていればいいのかな。基本報酬に加えて素材売却報酬、おまけに有益な情報を提供したらそれに見合うだけの謝礼金が出るとか、ずいぶん太っ腹な依頼じゃないか」
「時期が時期です、報酬金を出し渋っている暇なんてありはしないので。……まあ、これはおじいさまの受け売りですが。一部ギルド運営からは否定的な意見も出てきましたが、これくらいの条件でなくては冒険者たちの不満が溜まってしまうというのもまた事実ですからね」
「ええ、その通りでしょうね。……ロア様のおじいさまは、よほどの慧眼とみられる」
「そりゃそうだよ。若いころにバルトライ家を継いでから、かなりの月日が経った今でもボケることなく現役のまま。歴代最高のギルドマスターとも呼ばれてるのが当代のマスター……ロアのじいちゃんなんだからね」
「……確かにそれは事実なんですが、貴方がそれを誇らしげに語る理由はちょっとよくわかりませんね……」
「別にいいじゃないか、俺たち王都冒険者皆にとって自慢のマスターなんだからさ」
少し呆れた様子のロアに、ゼラはぐっとサムズアップを返して見せる。ここまで塩対応なのにポジティブさを崩さずに接することができるのは、ゼラという人物生来の明るさによるものな気がした。あの対応され続けてたら普通の男子は心折れてるだろうし。
「……まあ、特に仕事に関して異論はないな。私たちは王都周辺の地形ににまだ慣れていないし、丼んな魔物が居るかというのを知る意味でもこの仕事は有意義なものだろう」
「私も同感ですね。私たちがどこまでの魔物になら太刀打ちできるのか、その限界値を知るという意味でもその場所が果たしてくれる役割は大きいかと」
そんなことを俺が考えている間に、年長組二人がロアの提案を承諾する。態度はそっけないけどロアのスタンスは徹底して俺たちに寄り添ってくれてるし、二人がそれを大丈夫だと信じたのなら俺としても疑う理由はなかった。
「それじゃあ、俺も二人の判断に従うよ。充魔期の王都なんて事前情報がどれだけ役に立つか分かったもんじゃないからな」
「そういう意味では、この環境はとことんヒロト殺しともいえるわけだ。図鑑が活躍の機会はかなり限定的になってしまうかもだね」
どことなく楽しそうに笑って、アリシアは今の環境をそう評する。図鑑による情報アドバンテージは、どうやら王都の中でしか活躍の機会を得ることはできなさそうだった。
懇親会でも図鑑が役に立つケースは少なかったし、王都っていう未知の場所だからこそ輝けるものがあると思ってたんだけどな……どうやらそんなに上手い話はそうそうないようだ。図鑑に頼る事だけが正しいってわけじゃないにしても、少しばかり複雑な気分だった。
「……ま、七人もいれば何とかなりはするでしょ。あたしも特に異論はないわよ」
ネリンもロアの提案に賛同し、俺たちの方針は大体固まっていく。アリシアだけ明確な意思表示ではないが、面白がっているあたりそこそこ余裕をもってこの状況を見ているのは確かだろう。
「……それでは、クエストの準備とまいりましょうか。皆様は先に外に向かっていてください、私はこの依頼書を提出してきますので」
「了解しました、それではお任せいたします」
依頼書を抱えたロアの言葉を受けて、俺たちはギルドの外へと歩みを進めていく。その人数実に六人、ロアも加えれば実に七人組の臨時パーティの完成だ。いろんな事情が絡み合った結果のものとはいえ、馬車での旅と変わらない大所帯に俺のテンションは上がっていた。
「七人いれば何だってやってやれそうな気がするよな……もちろん、仕事によってはそれ以上に必要とするときもあるのかもしれねえけどさ」
「大体その認識で間違いないね。まあ、今は充魔期の真っただ中だからセオリーばかりを信用するのもいけない事ではあるんだけどさ」
俺の呟きに、ゼラはのんきな調子でそう答える。ドアを開けた瞬間に吹き込んだ風が、灰色のくせっけをさわさわと揺らした。
「……ま、僕達も一緒だし何とかなるとは思うけどね。大船に乗ったつもりで、君たちはついてきてくれればいい」
「ずっとそれじゃ試験としての意味を成してくれないような気はするけど……ありがたく、その助力は受け取らせてもらうよ」
「確かに、ずっと僕が主役じゃ試験も何もないね。……それじゃあ、そこそこ小舟くらいの感じで行こう」
俺の返答に苦笑して、ゼラはふっと前を向き直る。充魔期というイレギュラーな状態だったが、ギルドを出る俺の足取りは実に軽いものだった。
次回、王都初クエスト開幕です! ここまでかなり長くなってしまいましたが、その分面白いエピソードになるよう頑張ってヒロトたちの足取りを描いていきますのでぜひ応援よろしくお願いします!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!