第四百六十九話『腐れ縁』
「――てなことがあったのよ」
「ああ、そんなこともあったね。普段は記憶の片隅に眠っているようなものだけど、それでもボクにとっては大きな転機だったな」
一通りエピソードが終わったところで、あたしは一度話を切る。それにアリシアが同調すると、話の間押し黙っていたミズネがゆっくりと口を開いた。
「……やはり、二人には二人だけの過去があったのだな。その約束が今になって果たされているとは、何と感慨深い事じゃないか」
あたしたちを見つめるミズネの目はきらきらと輝いていて、そのあまりの純粋さにあたしは思わず身じろぎしてしまう。その夢を少しばかり壊してしまうことは申し訳なかったけど、後日談まで軽く触れるのがやっぱり礼儀ってものよね。
軽くアリシアに目配せをすると、あたしの意図を察して小さく頷いてくれる。その察しの良さに今だけは感謝しつ、あたしは頭を掻きながら話を続けた。
「……確かに、終わってみればそういう風になったのはそうなんだけど……あの時アリシアに声をかけたの、ホントのホントに偶然なのよね……」
何ならアリシアとキャンバリーの関係性が繋がって無きゃあたしは最後まで話を隠しておく気満々だったし。終わってから全部を話して、好奇心旺盛なアリシアを羨ましがらせようと思ってたくらいだし……。
「あの約束が出来たからと言って、次の日からのボクたちの日常が大きく変わるわけでもなかったしね。次の日から持ってくるのは何かしらの勝負だったし、もう二度と協力ゲームが行われることもなかったし。変わったことと言えばボクの名前を呼ぶようになったことくらいじゃないかな?」
「ついでに付け足しておくと、あれがあたしの最初で最後の勝利なのよね……それも協力ゲームだから、勝ったのはアリシアにじゃなくてゲームにだし」
裏を返せば、協力ゲーム以外の全てであたしはアリシアにぼこぼこにされ続けたということだ。あたしが負けず嫌いなのはもう否定しようもないけど、いくら何でも過去のあたしはメンタル強すぎなんじゃないだろうか。
「正直言えば約束に関してはいつの間にか忘れてたし、あのゲームをやったって記憶も思い出すまでは曖昧だったの。……ごめんね、夢を壊しちゃって」
身もふたもないと言われればそれまでだけど、ここで話を脚色し続ける方があたしにとっては後ろめたい事だ。そんなにロマンチックな再会があった訳じゃなくて、あったのは偶然の巡り合わせとその他諸々の縁だけなんだから。
失望されるのも怒られるのも覚悟していたが、あたしの耳に届いたのはミズネの楽しそうな笑い声だ。思わず顔を上げてミズネに視線を向けると、その表情はどこまでも楽しそうだった。
「ははは、それこそ腐れ縁という奴なのだろうな。約束など忘れていても、二人が一緒に居た時間だけは確実に続いていたのだから。……それがあれば、わざわざ言葉にして覚えている必要もないだろう?」
「……そういうこと……なのかしらね……?」
ミズネの持論に、あたしは小さく首をかしげる。確かに小さいころから沢山衝突してきたし、お互いの考えの違いから口を利かなくなりかけたこともたくさんあった。それが、今の今まで途切れなかったのは……あれ、いったいどうしてなんだろう。
「……ネリンがヒロトとミズネと一緒にあの店に来たとき、とても驚いたのは今でも覚えているよ。最後に見た時はひどく自信なさげだったネリンが、ボクが知らないくらい明るい表情で冒険に向けての準備をしてたんだからさ。その少し前に喧嘩した時、ボクはネリンとの縁が切れてもおかしくないなって少し悲しく思ってたんだよ?」
「……それならさっさと会いに来ればよかったのに。あたしが居るところなんて大体把握してるでしょ?」
アリシアの述懐に、あたしは軽く鼻を鳴らしながらそう返す。その反論にアリシアは小さく笑って、あたしの方をじっと見つめて来た。
「その主張は君にも言えることだろうに。ボクが居る店のことは知っていたし、これないような距離でもなかっただろう?」
「……っ、それは……」
言葉もない。あたしがアリシアに会いに行けなかったのは完全に意地が邪魔をしてのことだったし、それを言われてしまえばあたしはもうどうしようもない。……結局のところ、本気で勝ちに来たアリシア相手に主導権を握るにはまだまだ足りないらしい。
「二人とも総じて似た者同士、という事さ。元からそうだったから気が合ったのか、一緒にいた内にどちらかが似て来たのか――それに関しては、まあ謎が残るがな」
「それに関してはこれからも謎のままでいいわよ。謎でもなんとかうまくやれてるんだし」
ミズネが出してくれた助け舟に乗っかり、あたしは話題を別方向へと思い切り逸らす。あまりにあからさまな逃げをかます私を見つめて、アリシアはふっと頬を緩めた。
「まあ、それもそうだね。忘れていることがあってもボクたちは仲間で、何より友人であることに変わりはない。……それで、十分じゃないか」
「そうね。……ま、思い出したら色々変わることもあるんだろうけど」
「その時はその時さ。またみんなで語り合って、あれやこれやと言ってもらえばいい」
そう言って、アリシアはベッドに倒れ込む。スプリングの効きを堪能しまくっているその様子を見ていると、急に忘れていた眠気が主張を強めてきた。
「そうね……。それくらいで、あたしたちは良いのかも。それで許せるのが、腐れ縁の賜物ってやつなのかしらね?」
「さあ、それはわたしにも分からないな。だが――」
ミズネの返答を聞きながら、あたしの意識は急速に落ちていく。一気にぼやけてくる視界の中で、ミズネは満面の笑みを浮かべているように見えて――
「……私は、お前たちと腐れ縁と言えるくらい長く一緒に居たいと思うよ」
――その優しい言葉を最後に、あたしの意識はぷつりと眠りに落ちていった。
次回、ついに王都滞在二日目がスタートします! 様々な謎を抱えた王都に、そしてギルドの依頼にヒロトたちはどう立ち向かっていくのか、楽しみにしていただけると幸いです!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!