第四百六十五話『聞かなかったこと』
「きょうりょく……?」
「そう、協力。ネリンのお父さんとお母さんがそうしてるみたいに、力を合わせてこのゲームは遊ぶものなんだって」
まだ状況が呑みこめてないあたしに、『アイツ』は丁寧にそう説明してくれる。協力って言葉の意味はいまいち掴み切れていなかったけど、パパとママのことを引き合いに出されればその概要は理解できた。
「……あたしとアンタが、きょうりょくするの?」
「このゲームで遊びたいってなれば、そういうことになるね。まあ、勝負しようと思えばできなくもなさそうなルールではあるんだけど……」
あたしの戸惑った表情を見つめて、『アイツ』は首をひねりながらも折衷案をひねり出してくれる。今考えればとてもありがたい事なのだけれど、あのときのあたしはそうやって配慮してもらう事さえも気に入らなかった。サポートする振りをしてさりげなく別の道を進めようとしてくる周りの人たちと、同じように見えてしまって。
「だいじょうぶよ。ちゃんときょうりょくできるわ」
「そうかい? ……それなら、やってみるとしようか」
あたしのその言葉に笑顔でうなずくと、あたしからそのゲームが入った箱を受け取る。軽く裏面を見たりしてルールを把握した様子のアリシアは、ばしゃーっと中に入ったカードを取り出して見せた。
どうやら冒険者たちの職業ごとにカードが割り振られており、それを使って職業を見立てて冒険を進めていくようだ。基本的にはすごろく形式なのだが、お金などの概念がそんなにないのが他のボードゲームとの違いだった。
「さて、じゃあぼくたちも冒険者にならなくちゃね。最初の役割は何がいい?」
「もちろん戦士よ! パパみたいにどんどんまえに出ていける人になるの!」
『戦士』『魔術師』『弓師』などと並べられたカードの中から、あたしは迷うことなく戦士のカードを指さす。剣を片手にばっさばっさと敵をなぎ倒していくその姿は、小さなあたしにとってあこがれそのものだった。
結果的にはそれとちょっと違う形になってしまってはいたけど、今でもそのあこがれは変わっていない。一対一の方が落ち着いて戦えるのは、今でもパパの背中を見て育った影響が大きいのだろう。
「それじゃあ、リーダーはネリンに任せるとしようか。ボクは魔術師をやらせてもらうね」
あたしの決断をひとしきり肯定してから、『アイツ』は魔術師のカードを手に取る。その口から冒険者なんて言葉を聞く日が来るなんて思ってなかったから、なんだか新鮮な気がした。
「よし、それじゃあ準備完了ね! それじゃあ行くわよ、…………えーと……」
意気揚々とゲームを始めようとして、あたしはふと思い至る。今までたくさんの時間を過ごしてきたのに、まるで気が付いてこなかった疑問。対戦するならいざ知らず、協力するなら確実に知っておかなければいけない事――
「……あんたのなまえ、もしかしなくても聞いたことないわよね?」
『アイツ』――幼いアリシアの名前を、知り合ってしばらくが経った今でもあたしは聞いたことがなかったのである。
最近短い回も多くてごめんなさい! その分丁寧に二人の幼少期を綴っていこうと思いますので、のんびりと二人の初めての協力を見守っていただけると嬉しいです!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!