第四百六十話『これは経費で落ちますか?』
いろいろな疑問こそ残るが、王都での時間は今のところのんびりしたものだ。何が待ち受けてるにしろどうせ明日からは忙しくなるんだし、今のうちにできる限りだらけ切っておきたい。そう思っているのは、なにも俺だけじゃないと思っていたのだが……。
「……だからと言って、ここに泊まるのはやりすぎじゃねえか……?」
――目の前にそびえたつ大きな宿を見上げて、俺は思わずそう呟かざるを得なかった。
ネリンの実家の宿も大概大きかったが、この宿は多分それよりもデカい。宿の中じゃこの街の中で一二を争うくらいのサイズはあるんじゃないだろうか。
「ヒロトはそういうところが甘いわよね……。せっかく王都に来たんだし、出来る贅沢は全部しなくちゃ」
「だからと言ってこんなどうみても高級なところに行く意味はないと思うけどな⁉」
「この宿にしよう」と真っ先に言いだしたネリンが、やれやれとでも言いたげな表情でこちらを見つめてくる。贅沢をしたいというその考え自体は俺も同感だったが、ネリンの言う通り俺の贅沢に対する認識はそこそこ甘いのかもしれなかった。……いや、だからと言ってネリンの考え方を全部理解できたわけではないんだけどな?
「ここで贅沢するのは良いけどさ、それでダメージ受けるのは間違いなく俺たちの財布なんだよ……そこに関しては理解したうえで言ってるんだよな?」
「……? 私たちは御呼ばれした立場なんだし、ここの宿泊代なんて経費で落ちるでしょ?」
「さらっとえげつねえこと言ってんなお前⁉」
こんな高そうなところを全部ギルドの経費で落としてやろうとか、実はネリンが一番ギルドに対してヘイトを向けてるんじゃないだろうか。というか、そう信じて豪遊して経費で落ちなかったらどうすんだよ……。
「全額とは言わないが、ある程度は経費として要求してもいいかもしれないな。ネリンの言う通り、今回の私たちはお客様だ。増して王都が異様な状況であるなら、私たちの主張次第でさらなる譲歩も期待できるかもしれないぞ?」
「ミズネもそっち側なんだな⁉」
こういう抜け穴的なやり方には厳しいんじゃないかとか思っていたが、ネリンほどじゃないにしろこの宿に泊まる気満々らしい。というか、ここまで来たらただ俺の肝が小さいだけなんじゃないか……?
「私も冒険者の端くれだ、いろんな街に指名依頼を受けて回っていたこともあってな。その時にはかなり好待遇を受けていたから、今回もそうできるんじゃないかと思っただけだ」
「なるほど、前例がしっかりとあるのか。……それなら、ボクもネリンの主張に賛同させてもらおうかな?」
ミズネのダメ押しを受け、ここまで無言を貫いていたアリシアもこのホテルへの宿泊を希望する。……まあ、そこまで言うならもう仕方ないか……。
「……このホテルの中でも一番安いところにするんだぞ?」
「相変わらずビビりねえ……まあ、それくらいのリスクヘッジは無きゃいけない気もするけど」
負け惜しみとも言うべき俺の要求をネリンが呑み、俺たちの交渉が決着する。果たしてこの宿代が経費で落ちるのかはさておき、俺たちの一泊目は王都の高級宿と相成っていた。
ネリンたちと話し合いながらパラパラと調べていたのだが、サイズだけでなく価格帯も間違いなくこの街トップクラスだ。隣国の要人なんかが王都に来るときも、宿泊先は大体ここを選んでいるんだとか。最早スケールが違いすぎるが、とりあえず俺たちがそうホイホイと泊まれるような格の宿じゃない事だけは確かなようだった。
「いらっしゃいませ。四人での宿泊ですか?」
「ええ、そうよ。一番安い部屋ってどれくらい空いてる?」
扉を開けて中に入ると、受付のお姉さんが完璧な所作で俺たちにお辞儀をして見せる。まだロビーなのにメチャクチャ飾り付けが豪華なのもあって俺は半分気圧されていたのだが、その中でもマイペースを崩さないネリンは流石なものだ。アイツだけはアリシアのことを『マイペース』だなんて言っちゃいけないんじゃないだろうか。
ネリンの注文を聞き、お姉さんは宿泊履歴書と思しきものをぱらぱらとめくりだす。俺の図鑑と同じくらいの分厚さのそれを左へ右へ、流れるような速度でお姉さんは器用にめくっていって――
「そうですね、今のお時間だと二部屋空きがございます。相部屋でかまわないなら皆様お通しいただけますが、どうなさいますか?」
お姉さんの返答に、俺は内心考え込む。相部屋か……安く済むならいい一手かもしれないが、独り一部屋の方がいいのも事実。何より、俺たちのパーティは性別の偏りもあるわけで――
「ええ、それでいいわよ。お会計は今した方がいいかしら?」
「ちょっ⁉」
「はい、そうしていただけるなら。一泊分の滞在を二部屋分で銀貨十枚になります」
そんな俺の考えなどぶっちぎるかのように、ネリンはあまりにスムーズに会計を進めていく。慌てて俺は再考を促そうとするが、その時には時すでに遅し。銀貨十枚を受け取ったお姉さんが、俺たちに満面の笑みを浮かべていた。
「……はい、ちょうど確かに頂きました。こちらお部屋の鍵になります」
「ありがと。……ヒロト、ほら」
二部屋分の鍵を受け取ったネリンが、その内の一本を俺に投げ渡してくる。あまりに突然のパスに慌てふためきながらも、どうにか俺は鍵を手中に収めることに成功した。
ここまでは良いのだが、問題は部屋割りだ。二人ずつの部屋に分かれるなら、どうしたって俺と相部屋にならなくちゃいけないやつがいるわけで――
「さて、ちょうど二部屋空いてて助かったわね。それじゃあ行きましょうか」
「――いや、部屋割りはどうすんだよ⁉ 部屋の前でひと悶着起こすのもあれだし、誰が俺と相部屋になるかは先に決めとかないと!」
一番大事なことを放置したまま部屋に向かおうとする背中に、俺は全力の突っ込みを入れる。しかし、それに反応して振り返ったネリンの目はとても不思議そうなもので――
「……何言ってんの、ヒロトで一部屋使ってくれていいのよ? 寝るまでの時間はどうせどっちかの部屋に集まるし、ベッドも二つあるなら三人で寝るくらい訳ないしね」
「……あ」
頭から完全に抜け落ちていた選択肢を提示され、俺の口から思わずそんな言葉がこぼれる。ミズネとアリシアも同じ考えだったらしく、いきなり慌てだした俺を不思議そうな目で見つめていた。
――今まで気づいてなかっただけで、俺も大概長旅で疲れていたのかもしれない。
受付でひと悶着ありつつも、王都生活一日目はゆっくりと終わりに近づいています! どこにいてもいつも通りな四人のやり取り、楽しんでいただけていると嬉しいです!
――では、また次回お会いしましょう!