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第四百五十八話『積み重なる疑問』

「おお、ゼラの坊主に会ったか。アレはこんな状況でも、毎日欠かさずここに通い詰めてきていてな。あれも冒険者であることには変わりないだろうに、本当に不思議なものじゃよ」


 風呂から上がった俺が店主さんにゼラの事を尋ねると、店主さんはからからと笑いながらそう答える。風呂上りに買った牛乳をあおって、俺はさらに質問を重ねた。


 これは余談だが、女性陣はまだ入浴中だ。そこでどんなやり取りが繰り広げられているかは定かではないにせよ、やっぱり男の方が手早く風呂を済ませられるのは確かな事実の様だった。


「ということは、他の冒険者とは違う事情があるとかなんですかね……? なんというか、纏う雰囲気がどことなく違っていたような」


 有り体に言えば『強キャラ感』という奴だ。アイツがいい奴なのは疑いようもない事実だろうが、それはそれとして底知れない雰囲気を俺が感じていたのも確かだった。なんというか、懐が深すぎてゼラの全容が見えてこないというか……


「かかかっ、そこに関してはワシから話すことはできんな。ただ、あの小僧がこの街でも指折りの実力者であることは確かじゃ。そこに関して、お前さんの目はなにも間違っていない」


 首をひねる俺を見つめて、店主さんはさらに楽しそうにそう告げる。何も知らないというよりは、知っているけどそれを意図的に隠していると思っておいた方がよさそうだった。


 ま、そこら辺の情報はゼラにとっても探られたくないところかもしれないしな。名前を聞けば分かるとは言われてるけど、まさかこの人から全部聞き出そうとしてるだなんて思いもしないだろうし。


「――いや、考えてるのかもしれねえけどさ……」


「気になるのはよーくわかるが、あの小僧の考えを汲もうとするのはよしておいた方がいい。あやつは何も考えていないようで思慮深く、かと思えば思慮深く見えて何も考えていないのがゼラという男じゃ。それが出来るから、この王都でも指折りの冒険者なのじゃよ」


「……それ、ちゃんと褒めてるんですよね……?」


 それが出来ても冒険者って職業にはあまり影響がない――むしろ仲間からも何を考えているか分からないのはかなり厄介な気がするが、俺の質問に店主さんは大きく頷いて見せる。その表情からは、ゼラという冒険者への信頼がにじみ出ているような気がした。


「そりゃあそうじゃよ。相手に何を考えているのかを悟られず、且つ相手からは必要な情報を的確に聞き出してくる。冒険者の技能と言えるかは怪しいものじゃが、それを上手く使うのもまた才能というものではないのか?」


「……まあ、確かに……?」


 それはもはやスパイとかの技術な気がするが、まあ使えないよりは仕えた方がマシなのかもしれない。切れる手札はできるだけ多い方がいいっていうのは、俺も懇親会で学んだとおりだしな。


「というか、店主さんはゼラのことをよく知ってるんですね。いつも風呂上りに話したりするんですか?」


「ああ、小僧は話し好きだからな。今日こなした依頼の話やら、気を付けた方がいい冒険者の話やら――毎日のようにあれこれ話しかけてくるものだから、自然とあの小僧の事には詳しくなってしまったわ」


 ワシゃ一介の経営者に過ぎないんじゃがな、と店主さんは苦笑する。俺たちへの対応を見る限り店主さんもそこそこ話し好きに見えるし、どことなく波長が合うのかもしれないな。


「……ああ、でも最近は流石に前より話が短くなってきてはいるがな。ただ単純に話のネタが尽きて来たのか、それとも――」


「最近の客足の減りと関係がある事情か、ですか」


 店主さんの推測を引き取るように俺が発言すると、店主さんは神妙な面持ちで頷く。客足が途絶えることが死活問題になる店主さんからしても、客足が減った理由ってのは気になるところなのだろう。ゼラがそれについて何か知っているなら、俺ももう一回アイツに会わなきゃいけなくなるしな。


「じゃが、それをワシが聞いたところで正直に話すとも思えん。ずっと会話をしていればあるいはと思ったが、ついぞその話が話題として挙がることは無かったからな」


「……つまり、アイツはそのことを話したくない……?」


「そんなところじゃろうな。……だが、同じ冒険者の身であるお前さんなら話は違うかもしれん」


 俺の推測を店主さんは肯定し、今一度俺の眼を真剣に見つめる。年を取っていることもあってその顔にはたくさんのしわが刻まれていたが、その灰色の目に宿る光は若々しかった。


「図々しいというのは承知の上じゃ。……じゃが、ワシとて何の根拠もなしに頼み込んでいるわけではない」


「俺じゃなきゃダメな理由が、あるってことですか」


「左様。お前さんより先に来ていた小僧が、いつになくよくわからん表情をしていてな。それが気になって問いただしてみたら、小僧はたった一言――」


 今一度覚悟を決めるかのように、店主さんはそこで言葉を切る。ゼラが発した言葉とは何なのかと俺も身構えて次の言葉を待っていたその時、女湯の脱衣所の扉ががらりと開いた。


「――ヒロト、お待たせー。ごめんね、かなり時間かかっちゃった」


「気が付けば夢中で堪能してしまっていたからね……いやあ、これは人気が出るのも納得だよ」


「外見からじゃ気づけない魅力に満ち溢れた湯だったな。貴重な経験をさせてもらった」


 しっかり温まってきたのか頬を紅潮させた俺の仲間たちが、すっきりした表情で俺に向かって歩み寄って来る。あまりにタイミングの良すぎるその登場に、俺と店主さんは視線を交錯させたまま硬直した。俺の脳内に天秤が出現し、瞬時にお互いの優先度が頭の中で計算される。


 二日ぶりの風呂ということもあってか、三人は心からこの温泉を楽しむことが出来たようだ。――そんな湯上りの朗らかな空気を、俺だけの事情で無碍にするってのはいけないよな。いくら気になる事は数多くても、それが仲間たちをないがしろにしていい理由になるわけじゃないんだからさ。


「すいません、その話はまた後で」


 小声で店主さんにそう伝え、俺は小走りでネリンたちに合流する。三人の手にしっかり牛乳の瓶が握られているのを発見して、俺は思わず笑みをこぼしてしまうのだった。

色々と疑問点は積み重なっていきますが、王都編はまだまだ始まったばかりです! それらの謎がいかにして解き明かされていくか、そしてヒロトたちはどれだけ王都を満喫できるのか! 少しずつ進んでいく王都の時間を楽しんでいただけると嬉しいです!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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