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第四百四十八話『師として、仲間として』

「く、おおおおっ⁉」


 咆哮とともに発生した風圧に、ヴァルさんすらも体勢を崩してこちらまで転がってくる。ああいう芸当が出来たあたり、やはりここまでは魔力を一切使っていなかったのかもしれない。……つまり、ここからが魔物としての狼の本領ということなのだろう。


「……お前さん、立てるか?」


「……ああ、魔力酔いにも慣れてきた」


 まだ視界は霞んでいるが、まあ戦えないほどではない。むしろこのまま転がっている方が危ないと、私の理屈ではない部分が警鐘を鳴らしていた。


「……アレは、何なんだ?」


「私にも分からないな。こんなに殺伐とした平原は見たことがない」


 王都周りの平原を散策したことは少なからずあったが、今日の景色はあまりにも異常だ。それにこの狼にしても、そもそもがここにいる種ではないのだろう。ヴァルさんがそう問いかけていることからも、この状況が異常なのははっきりとわかる事だった。


「……これもまた、ギルドの事情というものなのだろうな」


「そういうことだ。お前さんたちには悪いが、この事情の説明は後回しにしなくちゃならねえ。……まあ、この狼に関しては俺も分かったもんじゃねえんだがな」


 知ってたら教えてやりてえくらいだ、とヴァルさんは苦笑いを浮かべる。私たちの誰にとってもあの狼は未知の魔物であり、今私たちを危機に追い込もうとしている強敵だ。今まで経験してきた何よりも、今の私には余裕がないかもしれない。――ともすれば、あの迷いの森よりも。


 あの時は、ヒロトの持つ知識が――図鑑が私の背中を押してくれていた。それを信じて突き進めば、進む先に答えはあった。それが、どれだけ私にとって心強かったことか。


 なら、今もヒロトの力を借りられるのではないだろうか。ヒロトの図鑑になら、この狼のことだって記録されているだろう。その情報があれば、いくらか楽に相手が出来る――


「……ここからは、誰も通さねえ‼」


「……っ‼」


 その瞬間だった。馬車の向こう、私たちが面倒を見切れない部分から上がる、ヒロトの勇ましい宣言が聞こえてきたのは。―—それは、一人の冒険者としての誇りをかけた物に聞こえた。心が、震える音がする。


「……馬鹿だな、私は」


 その必死な……しかし堂々とした声を聴いて、私は頭によぎった考えを恥じる。その行為は、冒険者としてのヒロトを極限まで貶める行為に他ならなかった。


 ヒロトはもはや私たちのナビゲーターではない。いや、その役割はもうあの森で終わっていたのだろう。それからずっとヒロトは私たちとともに戦おうとし続け、それに見合った技術を磨き続けてきた。そしてそれを磨いたのは、そばで見守ったのは私だ。私は、ヒロトの努力を誰よりも知っている。あれは、報われなければならない努力だ。


「……いい仲間を持ったな、お前さんは」


 私の一瞬の心変わりを、隣でヴァルさんがどう見ていたかは分からない。だが、私の肩を軽く叩くその表情はとても柔らかかった。そのおかげで、私も自然に頷ける。


「ああ。……皆、最高の仲間だよ」


 百年近く生きてきて、初めて自らのスタンスを曲げてでも一緒にいたいと思った大切な仲間達。実際にはいろんなところに出向きすぎて、旅をしている頃と感覚はあまり変わらないのだけれど。


 その仲間達から、色々な人たちから、私はこの戦場を託された。信頼と責任が、私の肩には乗っている。――なら、それを果たすのが師としての、仲間としての義理というものだろう。


「……我が、氷よ」


 ふらつく足元をどうにか固めて、私は慣れた詠唱を口ずさむ。瞬間、私の意志に応えるように氷の槍が背後に装填された。


 だが、残念なことにそれらでは力不足だ。もっともっと、一撃を重く、冷たく。――触れるだけで凍てつくような、そんな氷が要る。


「ガ……ルウウウウッ‼」


 そんな私に何を見たのか、狼が攻撃行動を取ってくる。と言っても直接攻撃ではなく、こちらに向かって放たれたのは風の刃だ。先ほどヴァルさんを吹き飛ばした風圧は、狼の風魔法によるものだったのだろう。


――しかし、私は回避行動をとらなかった。回避しても次の攻撃が来るだけだし、その回避をいつまでも続けていられる自信はない。ならば、探るべきは他の選択肢。


 目を瞑り、魔力が流れていく感覚だけに自分の意識を委ねる。自分の背後で増幅される氷の魔力と、目の前から迫って来る荒れ狂うような風の魔力。隣でヴァルさんが何かを叫んでいるかもしれないが、生憎今の私には聞こえない。……多分、それでいい。


 嘘のように時間はゆっくりと流れ、風の刃も緩慢な速度でこちらへと向かってくる。極限の集中が生み出す時間の停滞――ヒロトは『ぞーん』とかなんとか言っていたか。フェアリーカードの時にその言葉を聞いたときは冗談だと思ったものだが、まさか本当に存在するとは。


「氷よ」


 ともあれ、これは好都合だ。今なら、どんなイメージだって氷を使って実現できる気がする。今なら、皆の信頼に応えられる気がする。皆を助け、支えられる、そんな魔術師に――


「……集え‼」


 命じた瞬間、氷の槍は融合して巨大な盾へと変じる。それは私たちを切り裂かんと迫った風の刃すらを凍り付かせ、その暴威を完全に停止させた。


「……よし」


 まずこれで、第一段階。だが、まだこれだけでは足りない。ここから、攻めに転じなければ。


 相変わらず音は聞こえない。視界も、自ら閉ざしている。知覚できるのは魔力の存在だけだ。だが、不思議なことに恐怖感は全く感じていない。むしろ、魔力だけがそこにある感覚は心地よくすらあった。……残念なことに、のんびり浸っている暇はないのだけれど。


「さあ、決着と行こうじゃないか」


 心地よい魔力の気配を感じながら、私は目の前に立っているであろう狼に宣戦布告を返してやる。戦局は、最終局面へ迫りつつあった。

ミズネという女性は、年上でありながら対等な仲間であり、しかし仲間達三人の師匠でもあるという難しいポジションにあるんですよね。ある意味ミズネの覚醒回と言っても過言ではないエピソードでしたが、いかがでしたでしょうか。『ぞーん』に入ったミズネの戦闘、是非ご期待いただけると嬉しいです!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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