第四百四十一話『瞬発力と持久力』
「ヒロト、右は行けるか⁉」
「ああ、任せてくれ!」
ミズネの合図に任せて、石でできた刃を魔獣の群れへと飛ばす。相手に決定打を与えるというよりは時間稼ぎ、牽制の意図が大きい子の一手だが、それで稼がれた時間には確かな意味があった。
「サンキュな。……それだけあれば、十分だ!」
俺の後ろから飛び出すようにヴァルさんが魔物の群れへと飛び込み、練り上げられた炎を振るう。俺の攻撃によって速度を失った魔物たちにそれを回避する術もなく、魔物たちは悲鳴を上げる間もなく燃え尽きた。
「ヴァルさん、次はこちらを!」
「分かって、らあ!」
しかしヴァルさんの足はそこで止まらず、視線はミズネが氷の楔で足止めしていた魔物たちの集団へと向けられる。未だに勢いを失わないその炎は、一息にそれらも飲みこんで見せた。
「……驚いたな。殲滅には向かないと聞いていたが、凄まじい火力じゃないか」
すべての魔物が燃え尽きたのを確認して、ミズネは思わず苦笑を浮かべる。その視線は、二振りで魔物の群れを一掃してしまったヴァルさんへと向けられていた。
――唯一の懸念点だった野営を何事も乗り越え、向かえた二日目。魔物が来るたびに全員で対処しているんでは過剰だろうというムルジさんの意見に基づいて考えだされたのが、くじ引きによるシャッフルチームの結成だった。
それで生まれたのが、ヴァルさんと俺、そしてミズネのチームというわけだ。残された四人は、今頃馬車の中からこちらのことを見守っているだろう。
二人の実力は俺もよく分かっているし、二人の力があれば万が一も起こらないだろうという確信があった。だからこそ、俺もリラックスして魔物と対峙できたのだが――
「まさかここまであっさり倒すとは……。ヴァルさん、やり方さえ覚えれば一人でも小型相手にできそうですよね」
「いやいや、それは買いかぶりすぎだな! 普段にしても今にしても、お前たち二人がお膳立てしてくれたからできたことだ!」
俺の疑問に、ヴァルさんはひらひらと手を振りながらそう答える。そう言われると確かに反論はできないのだが、ヴァルさんの魔術が可能性に満ち溢れたものな事には変わらないだろう。
「……というか、同じ炎魔術でもあんなに違うんですね。ネリンよりも一撃が重いというか、文字通り火力が高いというか」
「そうだな。リズミカルに、スピーディに戦うネリンと比べれば、ヴァルさんの攻撃は確かに新鮮に映るだろう。……ヴァルさん、ヒロトの疑問に答えてもらっても構わないか?」
「ああ、もちろんだ! と言っても、俺個人的な解答にしかならないのが申し訳ねえがな!」
ミズネの頼みに、ヴァルさんは胸をドンと叩いて応える。ミズネは答えを分かってくれているみたいだが、その上でそうやって話題を広げてくれるのはありがたかった。……少しばかり、気恥ずかしい気持ちもあるけどな。このやり取りだけ見ると関係性が親子みたいだ。
「まず一つ質問だ! ヒロトは、どんな奴を見て『魔術の扱いが上手い』と思う?」
「どんな奴を……そうですね、瞬間の規模が大きかったり、コントロールが精密だったり。あとは時間が経っても術式が乱れなかったり――そんな時には、上手いって思います」
極端な話、周りにいる冒険者は皆俺より魔術が上手いと思ってるからな。ミズネとの特訓もあって少しばかりマシになってきた自覚こそあるものの、まだまだ未熟だという認識は何も変わっていない。
「オーケー、それじゃあ次の質問だ。……さらにそこから、上手いの種類を二分しろって言われたら、どうする?」
「二分割……? スピード型とパワー型、みたいな感じですか?」
二つに分けると言われて真っ先に思い付いたのが、ヴァルさんとムルジさんの連携だ。片や魔力を練り上げて大型の魔物と対峙し、周りの小さな魔物はムルジさんが一掃する。その動きにはまったくの無駄がなく、優劣なんて付けられるとは思えなかった。
「ま、大体ニュアンスとしちゃあ間違ってねえな。パワーとスピードって区分も、魔術の出力の仕方が関係しているものだからよ」
「魔術の、出力―—」
「そうだ。魔術の才能って一口に言っても、そこには二種類の価値基準があるってこった」
二本指を立てて、ヴァルさんは俺にそう説明する。こういう魔術理論に関してはまだまだ勉強途中だったから、こういう機会はとてもありがたかった。
「瞬発力と持久力、っていえばわかり易いか? 一瞬に魔力を集中させてとんでもねえ火力を出すのと、継続的に魔力を消費し続けて長い事魔術を起動し続けるのにはまったく違う才能がいるんだよ。俺の見た感じ、ヒロトは後者って感じだな。瞬発力に関してはまだまだ修行が必要そうだ」
「そうですね……一度に大きな規模の魔術を使おうってなると、まだまだ失敗することが多くて」
「分かるぜ、俺もそうだからな。たまにムルジを見習って持久力を鍛えようとするんだが、直ぐに魔術が保てなくなっちまう。俺が思うに、これは多分才能じみた物なんだ。まあ、たまーにどっちもとんでもなく上手い奴が居たりするんだが――」
「ははは、私も最初からこうだったわけではないさ。ヴァルさんの基準で言うなら、私は瞬発力に長けた方だろうな」
ゆっくりと視線を向けられたミズネは、頭を掻きながらそう答える。ミズネの魔術の陰にどれだけの研鑽があったのか――そればかりは、多分想像にも及ばないところなんだろうな。
「ま、物事には向き不向きがあるってことだ。地道に、地道に積み重ねていけばいい。……俺たちも、そうやってここまで来たんだからな」
「……はい、ありがとうございます」
その言葉を最後に、突発的な魔術講座は終わりを告げる。大剣を担いで馬車へと戻るヴァルさんの背中を、俺たちは速足で追いかけた。
――相手の意図が見えず、不安な中で始まった王都への旅路。二日目を迎えた今、その道のりはあまりにも順調だった。
ということで、王都への道のりも二日目に突入しました! 彼らは無事に王都へたどり着けるのか、それとももうひと悶着あるのか! ハラハラしながら楽しんでいただけると幸いです!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!