第四百四十話『星空の下、火の鳴る音を聞きながら』
夜の間火を絶やさぬよう、また緊急事態に対応できるように、火の番というのは野営において欠かせない役割だ。基本的に何回かの登板に分けて持ち回りで担当する組み合わせを、俺たちがどうやって決めたかというと――
「……残念っしたね。もう少し明るい……それこそ先輩とか、貴方の仲間たちと組みたかったでしょ?」
くじ引きに使った細長い棒をゆらゆらと振りながら、ムルジさんは自虐的にそう切り出す。一対一になっても変わらない態度に苦笑しつつ、俺はゆっくりと首を横に振った。
「いやいや、そんなことは。個人的にはムルジさんのことが一番気になってたくらいですよ」
「マジっすか、見た目に反して物好きですね。……ま、今王都に向かおうとしてる時点でそれは間違いないかもしれませんけど」
「それに関しては成り行きの産物ですけど……。ただ、俺が物好きってのは事実でしょうね」
なんせ図鑑オタクだしな。同志とも出会えた回数は少なかったし、俺が少数派に位置する人間なのはかなり前に自覚済みだ。
そんな意味も込めてからからと笑って見せたが、そこで会話は途切れる。焚火の弾けるパチパチという音だけが、俺たち二人の空間に響いていた。
――き、気まずい!
今一番話してみたい人がムルジさんだったのは間違いないが、まさかここまで話が弾まないとは思わなかった。こっちから話を振ろうにも、関係値が浅い俺が不用意に踏み込めば不興を買う可能性だって大いにあるだろう。かと言って当たり障りのない話題じゃキャッチボールはすぐ終わっちゃうし、どうする――⁉
「……ヒロトさん、でしたよね。見た感じ、クレンさんって人除いた四人でパーティを組んでいるような感じでしたけど」
そんなことを考えていると、唐突にムルジさんの方から疑問が投げかけられる。不意打ちとも言えるそれに俺の背筋はとっさに伸び、少しぎこちなくムルジさんの方へと視線を向けた。
「……はい、そうです。クレンさんは成り行きで一緒というか、むしろ俺たちが成り行きで一緒にいるというか」
そんな俺たちの中でも、アリシアはさらに成り行きと言ってもいいだろう。俺たちのパーティメンバーだからという理由で招待こそ受けてはいるが、キメラを倒した時点ではまだただのコンビニ店員だったのだから。
「ホントだったらあのキメラ討伐はクレンさんの仕事で、その話を受けたクレンさんが俺たちに協力を要請してきたって感じなんです。王都のギルドが疑うとしたら、そこも原因としてあるのかなって」
「ま、ない話じゃないっすね。パーティの力量を一番知っていなければいけないのはクエストをあっせんする受付の方々ですし。そこを通さないで倒しちゃったせいでこんなことになっているというのは、まあ納得ができる仮説っすよ」
「う……やっぱりそうですよね……」
俺たちがパーティとして駆け出しの時には、受付の人たちが手ごろなクエストを見繕ってくれたものだ。屋敷を手に入れたあたりからは大体何でも斡旋してくれるようになったが、その力量の変化を一番近くで見ているのはギルド職員の人たちだといってよかった。
「ま、貴方たちは強いように見えるんで特段問題なくあっちのお眼鏡には敵うと思いますけどね。……むしろ、構成の方が問題というか」
「構成……?」
「分かりやすく言うと男女比っすね。ヒロトさん、はたから見ると両手に花どころの話じゃないっすからね?」
「……あ」
そこまで言われて、俺は初めてムルジさんの言いたいことをある程度察する。そんな俺の予感を裏付けるように、ゆっくりと頷いてムルジさんは続けた。
「今、王都の冒険者たちはみんなピリピリしてるって言っても過言じゃありません。もともとむさくるしい男女比ってのもそうですけど、冒険者に大事な一息を吐く余裕がほとんどなくなってるんすからね。ギルドから引っ張りだこになるような実力派なら、なおさら」
「そんな中に、俺たちみたいなのがお気楽に踏み込んできたら――」
「少なからずイラっとはするでしょうね。羨むような視線、あの町でも向けられてこなかったわけじゃないでしょ?」
その問いかけに、俺は言葉に詰まる。人から向けられる感情に疎いからはっきりしたことは言えなかったが、羨むような視線を感じたことがないというと嘘になりそうだった。
なんせあの三人、相当な美人だからな……俺たちの場合パーティの事情があるからそれを知ってくれている人たちは納得してくれているのだろうが、それを知らない人からしたら『なんであんな奴が』ってなるのもまあ分からないでもない。中身はともかく、外見は確実に釣り合ってないからな。自分を無用に卑下するのはやめようと思ってはいるが、こればかりは客観的な真実だ。
「……そんなわけで、警戒だけは怠らないでくださいね。……皆、大切な仲間でしょ?」
「勿論。……誰一人として、そこに優劣をつけるつもりはありませんよ」
そこにあるのは恋愛感情というより、絶対的な信頼と友愛の感情だろう。アイツらがいるから俺はここまで歩けてきたわけだし、そういう意味では全員が特別だ。そこに順位は付けられない……というか、付けたくない。皆が一番で、皆が特別だ。
「……そんな風に言うと、虫がよく聞こえちゃいますかね?」
「いやいや、いい心意気っす。……それなら、オレも勇気を出して声をかけた甲斐があるってものだ」
そう言うと、ムルジさんはアイテムボックスから一枚の紙を取り出して俺へと差し出してくる。そこに書かれていたのは、『体術指南』の文字。
「オレと先輩が鍛えた道場っす。宣伝みたいで悪いですけど、効果は保証しますから。……もし今の自分で皆を庇えるか不安なら、暇なときにでもどうぞ。オレも基本的にはそこにいますんで」
予定が合えば直接指導しますよ、とムルジさんはぶっきらぼうにそう締めくくる。それがムルジさんなりの厚意なのだと気付くのには、それだけで十分すぎた。
「……ありがとう、ございます」
俺のお礼に、返事はない。ただ、パチパチと火花が弾ける音が鳴るだけだ。だが、そこに不満は感じない。少し前までは気まずく思えた雰囲気は、今となってはどこかへ消えうせていた。
思えば、ヒロトから三人への感情が明示されるのは初めてかもしれませんね。ムルジの忠告を胸に刻んだ彼はどう行動していくのか、楽しみにしていただけると嬉しいです!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!