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第四十三話『温かいお茶を交わして』

――エイスさんが案内してくれたのは、小さな応接室のようなところだった。


「……ほれ、この里名産の茶じゃ。二人とも歩きっぱなしで疲れたろう、遠慮せずにくつろぐとよい」


 木のコップが差し出され、エイスさんが柔らかく微笑む。部屋の中に、緑茶のような懐かしい香りが広がった。


「……ん、美味い」


 なつかしさに待ちきれなくなってコップを傾けると、口の中いっぱいに緑茶そのものの様な風味が広がった。喉を抜ける時の苦みは少し違う気もするが、それも気にならないくらいにはおいしいお茶だ。


「ほんとだ、おいしい……これ、どうやって作ってるんですか?」


 俺に続いて口にしたネリンも、その風味に舌鼓を打っているようだ。そんな俺たちの様子を見て、エイスさんは満足げに頷いた。


「エルフたちが栽培した茶の葉から抽出しておる。風味が独特故好みも分かれてしまいがちなのだが、二人が気に入ってくれたようなら何よりじゃ」


 なんと製法まで緑茶そっくりの様だ。異世界に来てまで何たる偶然……と思いかけたが、俺はある一つの可能性に思い至った。


「……これ、俺みたいな黒髪黒目の人から伝えられたものだったりしませんか?」


「……ほう、やはり無関係というわけではないようじゃな」


 俺の問いかけに、エイスさんは興味深げに目を細める。やっぱり、俺以外にも日本人がこの世界に来ているのは確かなのだ。エイスさんが俺たちを呼び止めたのは、まさかそのことを――


「……まあ、そこらへんはどうでもよいのじゃがな。ワシはただ、我が里一番の頑固者を手助けしてくれた二人の話を聞きたいだけじゃ」


「ですよね、やっぱり……って、どうでもいいんですか⁉」


 漂いかけたシリアスな空気は、茶をすすりながらのエイスさんの言葉によってどこかへとかき消される。その表情に無理してる感じはなく、どうも本当に興味がないらしかった。


「もう何百年も前の話じゃからな……そんなことを思い返すよりも、ワシは今ここにいるお前さまたちに興味があるのじゃ」


 コン、と音を立ててコップを机に置き、エイスさんはにっこりとほほ笑む。その所作があまりにも大人びていて、俺は思わず息を呑んだ。


「人間とこうして会話をするのも久しぶりじゃからな。ワシはこれでもかなり高揚しておるのじゃぞ?」


 そういう表情は穏やかだが、たしかに声は少し弾んでいるように思える。そういうところは見た目相応なのかもしれないな……というかそれくらいでないとこっちが緊張してしまいそうだ。今でもかなり緊張してるし。


「……さて、どこから尋ねたものか……人間の里にはしばし降りていないのでな、聞きたいことが山ほどあるのじゃ」


「あたし、できるだけ答えられるように頑張ります!ね、ヒロト?」


「……答えられる範囲は、少ないと思いますけど」


 あれもこれもと悩む素振りを見せるエイスさんに、ネリンは食い気味に胸を張って答えてみせる。その後俺に水を向けてきたわけだが、飛んできた視線の圧が凄まじかった。なんなら図鑑を使ってでも調べろとか言ってきそうで怖い。


「そうかそうか!そうだな……今の人里の食文化はどうだ?ワシが最後に訪れた時は菜食中心の生活だったが……」


「冒険者を支える仕組みが完成されたので、前よりは肉食中心になってると思いますよ。うちの宿でも毎日肉料理が提供できるくらいには安定してます」


「そうか、冒険者への待遇が安定したか……あやつも、頑張っておったもんな」


 最初の問いにはネリンが即答してくれた。その答えを受けて、エイスさんは嬉しそうに目を細める。……その表情は、どこか遠くの懐かしい人を思っているようだった。


「冒険者が手厚く迎えられるようになったのは良いことだ。……人里を襲う魔物は、それだけ減っているだろうからな。生活のレベルも、上がっているか?」


「昔のことは、よく分かりませんけど……あたしの街にいる人は、みんな楽しそうですよ」


「……そうか、良かった。本当に、良かった……」


 次の質問に、ネリンは辿々しくなりながらも懸命に答える。その返答に、エイスさんは目を閉じる。……その眼のふちは、少し潤んでいるように見えた。


「人間と交流することは痛みを伴うことじゃが、それでも現状を知れて何よりじゃった。……一度目をかけた者らの努力が結実していることは、嬉しいからな」


 何よりも聞きたいことを聞くことができたのか、エイスさんは大きく頷く。そこにあったのは、達成感と安堵の感情のように思えた。


「うむ、これが聞けただけでも有意義な時間じゃった。お前さんたちを連れてきたミズネには感謝せねばな」


 少ししっとりしてきた空気を振り払うように、エイスさんはにっこりと笑った。


「あやつはかなりの頑固者じゃからな……人里に降りようという発想自体がミズネのワガママでもあるからな、それを無事達成させるまでにはたくさんの苦労があったんじゃよ」


 ほんとによくやったもんじゃわい、とミズネさんは続ける。どこか呆れたような口調ではあったが、その声色からは隠しきれない心配と親愛が滲み出ていた。


「人間ともうまく折り合いをつけていけるか心配じゃったが、そうか……素直に助けを求められるようになったか。あやつも、見ないうちに大きくなったものだ」


 その物言いは、親というよりはまるで先生か師匠と言ったような感じだ。エルフの長老として、ミズネさんの事はきっと幼い頃から見てきたのだろうな。


「……そうだ、大切な質問を忘れておった。最後に一つ、二人に聞いても良いか?」


 ポンと手を打って、エイスさんは指を一本立てる。俺たちが頷くとエイスさんは優しい目をして、


「……二人から見たミズネは、どんな人物だった?冒険の最中に、思ったことをありのまま聞かせてほしい」


 おずおずと、エイスさんはそう尋ねる。子供のように少し不安げな目線がどこかおかしくて、俺はネリンと顔を見合わせた。


「……もちろん。たくさん、お話ししますね」


 俺が代表してそう答えると、エイスさんは安心したようににっこりと微笑む。


ーー俺たちの会話は、薬草を届け終わったミズネさんが応接室に戻ってくるまで途切れることはなかった。

意味深なお茶会でしたが、あくまでこの物語の本筋はほのぼのですのでどうかご安心を。

それはそれとしてエイスがまだ若い頃の話とかはいずれ書ければなー、と思っています。番外編というよりは外伝という形にはなりそうですが、長い目でお待ちいただければ幸いです。

ーーでは、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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