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第四百三十六話『馬車でのひととき』

「……そろそろ飽きてきました?」


 意気揚々と武器トークを続けているヴァルさんの横で、ムルジさんがこっちの方に身を寄せてそう問いかけてくる。窓から見える外の景色は、もうすっかり夜のものだった。もちろん街灯なんてものはないのだが、それを補って余りあるくらいの月明り――正確には月ではないけれど――が静かに平原を照らしている。


 単純に考えても四時間か五時間、あるいはもっとしゃべり続けているような計算だ。その話の途中で何回か魔物の襲撃があったのだが、実演と言わんばかりにヴァルさんが全部なぎ倒していった。


 実際かなり話は長くなってきているが、だからと言ってそれが苦痛になるようなことはない。なので、俺はムルジさんに向かって小さくかぶりを振って見せた。


「いいえ、そんなことは無いですよ。こうやって話を聞き続けていられること自体、俺たちの旅が順調ってことですし。……そういうムルジさんは?」


「無論、とっくに飽きてますよ。言ってもやめてくれるとは思えないんで言いませんけど」


 げんなりとした表情でそうつぶやくムルジさんをよそに、ヴァルさんは今もすらすらと話し続けている。何回か話題も切り替わっているはずなのだが、それを感じさせないくらいのペースで話を進行させているのが凄まじいところだった。


 日本にいたら推しのライブに全部参戦しようとするタイプのオタクになってただろうな……。そんな風に予感させるくらいにはその語り口には熱がこもっていたし、こっちに価値観を押し付けてくるような感じもない。ただ好きなことを無邪気に語るその姿は、まるで少年のようだった。


 ちなみに言うと、ネリンは三十分くらい前からうつらうつらしている。武器の話はネリンにとっても無関心じゃないにせよ、ここまで続くとさすがに堪える人には堪えてくるようだった。


「それでな、今俺の握ってるモデルは最新から二世代前に当たるんだ。一度新しいものも握ってみたんだが、どうにも手になじまなくてな……」


「それほどまでの変化があった、ということか。王都の武器ブランドはそんなにも改良を続けているのかい?」


 そんなことを考えている間にも、話題はまた別の方向へとシフトしている。今の話題は、ブランドとして量産、流通している武器についてのことのようだ。アリシアの疑問に答えんと、ヴァルさんはこちら側を向き直った。


「ああ、改悪になってる場合もままあるけどな。旧式とはいってもまだ生産は続いてるし、そういうところがあるから許されているみたいなところはあるだろ」


「ちなみにオレはオーダーメイドっす。オレの戦い方に合うような武器、中々市販されることが無くて」


「ムルジの剣は特殊だもんな……ほら、皆にも見せてやれよ」


「企業秘密っす。戦いの中で使ったからみせるならともかく、まだ使ってもない切り札を先にお披露目するのはポリシーに反するんで」


 みんなとは言いながらも、ムルジさんの武器に最も関心を持っているのはヴァルさんなのだろう。当人もそれを自覚しているのか、体を大きくのけぞらせ、武器を背中に隠すようにしてそのお願いを拒否していた。


「そうか……見るたびにおもしれえなって思えるから、俺としては気に入ってるんだが」


「それなら俺の真似をすればいいじゃないすか。それくらいだったら許しますよ?」


「いや、それは無理だな! いくら憧れてもお前の戦い方はマネできるものじゃないさ!」


「分かってるじゃないですか。つーわけで、機会が来るまでは我慢しといてください」


 そんな機会ない方がいいんすけどね、と締めくくり、ムルジさんは元の姿勢に戻る。このやり取りも何回か繰り返したものなのか、ヴァルさんもそれ以上には追求せずに話を本筋に戻した。


「ムルジの例は珍しくてな、王都の冒険者は大体ブランドの武器を使うのがお決まりになってんだ。だから、一点物の武具を持ってるのは地域の冒険者の方が多いな」


「一点物――そういえば、確かにボクたちの武具も一点物として作ってもらったものだね」


「ああ、そうだったな。私の場合は、作っていただくまでにひと悶着あったのが懐かしいものだが――」


 ヴァルさんの説明を聞いて思い出したように呟くアリシアに、苦笑しながらミズネも同調する。その話を聞いたヴァルさんの目が輝いたのと、ムルジさんが『マズい』と言いたげな表情を浮かべたのはほぼほぼ同時だった。


「マジかよ、ちょっと見せてくれ! 絶対に悪いようにはしねえからさ!」


「……始まりましたね、武器マニアの真骨頂」


 こちらに身を乗り出してくるヴァルさんを見て、ムルジさんは大げさに息を吐いて見せる。そんなことは意に介すはずもなく、ヴァルさんはすっかり二人の武具に夢中なようだった。


「おお、こいつはすげえな……刃の作り的に、同じ鍛冶師が打った武器か」


「……へえ、そんなことも分かるんだ。意外と作り手の癖というのは出るものなんだね」


「当然だ! 同じ属性の魔術でも使い手が違えばその質が変わるのと同じ、刃だってうち手によってささやかな違いがあるんだよ! 例えば、こことここの刃の作りなんかが典型的でな――」


「―—先輩、おしゃべりもいいっすけど、とりあえずここまでみたいですよ」


 ムルジさんの言葉が終わると同時、馬車が完全に停止する。と言っても急停止ではないみたいだから、緊急性は低いものだろう。どちらかと言えば、それは一日が無事に後半戦に差し掛かったことを意味するもので――


「ああ、野営の準備だな! 二人ともすまねえ、詳しい話はまた後でさせてくれ!」


 ムルジさんの報告を受けて、ヴァルさんは慌ただしく装備を整えて立ち上がる。初めての野宿に向け、俺たちもその背中を追って馬車の外へと踏み出した。

次回、初めての野営に向けてヒロトたちが躍動します! 果たして彼らは無事に夜を越せるのか、どんなイベントがそこには待ち受けているのか、楽しみにしていただけると嬉しいです!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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