第四百三十四話『コンビの限界値』
「……とても濃密に練り上げられているな。アレの使い手はとても魔力の扱いが上手いと見える」
その火柱を見て、ミズネはそう評価して見せる。ミズネから見ても、あの火柱は技術の要るものであるようだった。
戦闘の邪魔にならない程度の距離まで歩み寄り、後ろから二人の戦いを見守る。すると、俺たちの存在に気付いた御者さんがこちらに声をかけて来た。
「……後ろ、もう終わらせてきたんですか?」
「まあ、五人いますからね。早いからってあの人たちより上ってことになるわけじゃないけど、迅速に終わらせるに越したことは無いでしょう?」
「そもそもあたしたち、持久戦には向いてないからね。あたしもアリシアも持久力があるわけじゃないから、手間取った瞬間にあたしたちは大ピンチよ」
俺の返事にネリンが肩を竦めながらそう付け加えると、御者さんはふふっと小さく笑みを浮かべる。そしておもむろに前方にいる二人の方を指さすと、もう片方の手で馬を撫でながらぽつぽつと話し始めた。
「僕もながいこと御者をやってるもので、あの人たちと一緒にいる時間がそこそこ長いんですよ。まあ、だからと言って僕自身が戦えるようにはならないんですけど、それでもいろんな冒険者を見てきました。……なんとなくですが、貴方たちはあの二人に似ている気がします」
「へえ、それは面白い指摘だね。どういうところを見てそう思ったんだい?」
御者さんの評価を聞いたアリシアが、興味深いといった様子で馬の横にまで歩みを進めていく。その姿に苦笑を浮かべると、どこか遠くを見るような感じで続けた。
「あの人たちは、戦いと日常の境界線がありません。あくまで自然に、なんでもない事のように戦闘へのスイッチを入れていく。それこそ、そうやって戦闘することが日常の一部であるみたいに」
「……その言い方、一歩間違えると戦闘狂に対しての評価みたいに聞こえるわね」
「いいや、そういうことではありませんとも。ただ、戦わなければならないことをちゃんとわかっているというか。生きていく中での一つのイベントとして、彼等はああやって戦いに出向いているんだなと思いまして。――その姿と、朗らかに戦いへ踏み込んでいくあなたたちの姿がなんとなく重なって見えたんですよ」
「――ああ、確かにそうかもしれないな。そういう意味では、私たちにとって戦闘とは日常の一部と言っても過言ではないか」
御者さんの言葉に、ミズネは意を得たりといった感じで手を打つ。それに俺たちが首をかしげているのを見て、その視線は俺たちに向けられた。
「……私たちにとって依頼、あるいは戦闘は、『皆で乗り越えていくもの』だろう? そういう観点から考えるならば、普段やっているような家事や買い出しと何も変わらないように思えてな」
「……ああ、なるほどね。特別じゃないって意味なら、確かにボクたちにとって戦闘は日常の一部だ。なんたって、ボクたちは料理にせよ洗濯にせよ全員の力を結集して生活しているわけだからね」
その説明を聞いて、アリシアが納得したように大きく頷く。そうやって聞けば、御者さんの言葉も何となく理解できる気がした。
「そういうパーティは大体出世していくものです。あの二人だって、例外じゃないですからね」
御者さんが指さす先では、ヴァルさんが大きな炎の剣を振りかざして大型魔獣と対峙している。周囲に控える小型の魔物が横やりを入れようと隙を伺っていたが、それを片っ端からムルジさんの振るう攻撃が吹き飛ばしていた。
豪快な魔術によって大型魔獣にも力負けせずに向かっていくヴァルさんと、そのパワーだけでは対応できないことを目にもとまらぬスピードで処理していくムルジさんの連携は完璧だ。お互いそれを信頼しきっているのか、ヴァルさんは小型の魔物を認識しようともせず、またムルジさんも大型魔獣に対しては一切の仕掛けをしていなかった。
「あれで兄弟じゃないなんて信じられないですよね。王国騎士になれなかったって話も、何かの間違いなんじゃないかって疑いたくなっちゃうくらいに二人はお強いんですよ」
「……ああ、そうだな。私たちも、それはひしひしと伝わってきているよ」
「……なんつーか、二人の連携が崩れる未来が見えねえよな……仮に二人が負けるんだとしても、それはミスによるものじゃないって断言できるくらいにはさ」
二人で相手できる魔物の数には当然だが限界がある。それは才能とかセンスではなく、単純な物量の問題だ。どうあがいたって、二人だけじゃ覆せなくなるラインというのが消えてなくなってくれるわけじゃないからな。
だが、目の前で繰り広げられている連携は、その限界値にぎりぎりまで迫っているのではないだろうか。……一切の無駄がないその動きを見て、俺は思わずそう思ってしまった。
「……っしゃ、ようやく体勢を崩してくれたなあ‼」
「やっとっすか。露払いも大変だったんすからね?」
そんな俺たちの眼前で、ヴァルさんの一撃を受けた大型の魔物が大きく体勢を崩す。とっさにとどめを刺しに動くその横っ腹に魔物が向かっていこうとしたが、それらの全てはムルジさんのどこか気だるげな連撃によって残らずはじき返された。……最後まで、油断もほころびもない。
「炎剣よ、俺の正義を示せ‼」
さらに大きく立ち上った炎の柱を、ヴァルさんは全体重を乗せて魔物へと叩きつける。濃密に練り上げれたそれは巨躯をものともせずに焼き切り、全身から炎を上げた魔物の姿は一瞬のうちに燃え尽きて見えなくなった。……一糸乱れぬ二人の、完勝だ。
正反対とも言っていいヴァルとムルジのコンビですが、その実力は折り紙付きです。そんな彼らといく王都への旅路はまだまだ続きますので、どうかお楽しみいただければと思います!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!