第四百三十三話『迎撃戦線異常なし』
氷の槍が魔物の群れに降り注ぎ、唸り声をあげて小さな獣たちは逃げ惑う。実際に命中した個体もいくつかいるようで、明らかに群れの動きは鈍っていた。
「なら、これが絶好のチャンスだね――‼」
「ええ、ここで仕留めるわ。……あんたたち、目え瞑ってなさい!」
ここを好機と見たネリンの合図に、俺たちはとっさに目を瞑る。この指示が何の前触れなのか、俺たちは既に理解していた。
「……光よ‼」
直後、詠唱とともに瞼の奥で光が爆ぜる。炎魔術を磨くようになってからはあまり見なくなったが、これを用いた目つぶしもこうした小型の群れを相手にするときは非常に有効な手段の一つだった。
「よし、視界は潰れたみたいだね。……ヒロト、右は任せる!」
「おう、任された!」
目を開けて作戦の成功を確認すると、アリシアが紫電を纏わせながら群れの中へと突っ込んでいく。さすがはスピード自慢の雷属性というべきか、その切れのある動きが捉えられるビジョンは全く見えなかった。
あればっかりはセンスの賜物というか、俺が真似しようとしてもできない類の領域だな。残念なことに俺は器用にいろんな属性を切り替えながら戦えるほどの腕前はないし、ついでに言うなら器用さもない。だから、出来ることの範囲で精一杯工夫を凝らすのだ。
「少しばかり、申し訳ないとは思うけど――!」
魔力を集中させ、出来る限り大きな岩の塊を逃げ惑う魔物たちの頭上に展開する。アリシアも俺のやることをなんとなく察してくれていたのか、巻き込まれる心配が無いところで暴れてくれているのがありがたかった。
「……落ちろ!」
その合図で岩塊は降下を開始し、未だ晴れない視界の中で戸惑う魔物たちが次々と押しつぶされていく。我ながらえげつない倒し方だとは思うが、戦闘において手段を選ぶなんて余裕は俺になかった。
その証拠に、数匹は俺の作り出した即死ゾーンを超えてこちらに走り込んできている。最初から一度にまとめて倒しきれるだなんて思ってはいなかったが、想像していたよりもかなり多くの数が突破してきた形だ。
「ここからは、各個撃破しかないか……!」
最低限の近接戦は習得しているつもりだが、それでもパーティの中での近接最弱が俺なのは揺るぎない事実だ。遠距離戦以上に近距離はセンスが要求されるし、生憎その才能は神様と出会ったあの場所に置いて行ってしまったようなものなのだ。
だが、それでも引いてやるわけにはいかない。簡素な岩の剣を手の中に創り出し、こちらへととびかかって来る魔物たちへと迎撃態勢を整える。そして、先頭を走る魔物がこちらに鋭い牙をむきだして飛び込んで来た、その時―—
「―—風よ!」
俺の背後から一陣の風が吹き抜け、それに貫かれた魔物たちが大きく吹き飛んでいく。その一撃の主が誰なのかは、普段の飄々とした態度と合致しない鋭い声を聞けば明らかだった。
「……クレンさん!」
「いくら何でも機動力なしであの量の魔物を相手するのはきついですからね。既に一線を退いた身ですが、少しばかり助太刀させていただきました」
余計でしたかね? と頭を掻くクレンさんの細い腕には、切るよりも突くことに特化したような細剣が握られている。そこから繰り出された一撃が、七匹ぐらいは残っていた魔物たちを全て打ち抜いていたようだ。
「余計だなんて、そんなことは無いですよ。意地張って見せましたけど、よく考えたらあの量と戦うのかなり危険でしたし」
「リスクヘッジは常に忘れないでいるに越したことは無いですよ。馬車に魔物を寄らせないことは大切ですが、それも命あっての物種です。その大前提を忘れないように」
「そうですね。肝に銘じておきます」
諭すようなクレンさんの言葉に、俺は大きく頷きを返す。基本的な考え方ではあったけど、何よりも自分の命を最優先するのは冒険において絶対に忘れちゃいけないことだもんな。はじめてこういう形の戦闘をしたこともあって、俺の中で優先順位がおかしなことになってしまっていたらしい。
「……ヒロト、そっちも終わった? 何やらとんでもないことになってるけど」
「ああ、なんとかな。俺一人じゃちょっと危なかったけど」
「いえいえ、貴方たちなら大きな被害にはなっていなかったと思いますよ。私の言う通り、傍観しててもさして結果は変わらなかったでしょう」
「だからと言ってクレンがぬくぬくしていい理由にはならないわよ。キメラを討伐したメンバーの一員として数えられてるんだし、今だけは冒険者としてふるまいなさい」
戦線の左の方を担当していたネリンが、涼しい表情をしながらこちらに歩み寄って来る。額が汗ばんでいるのを見るにそこそこ魔力を使いはしたようだが、特にケガもなさそうで何よりだ。クレンに厳しい言葉が飛ばせるあたり、見た目よりも余裕たっぷりだったのかもしれない。
「こっちも今終わったよ。群れの頭っぽい奴は逃げたけど、ボクたちの目的は撃退だし問題はないよね?」
「ええ、群れをこんだけ削ったうえでなら十分よ。仮にまだ仲間がいたとして、また私たちに挑んでこようとは思わないでしょうけどね」
なんせここまで圧倒したんですもの、とネリンは鼻を鳴らす。アリシアがケガ無くここまで戻ってきたことで、俺たちの損害はなかったことが確定した。
「……お帰り、皆。ケガをしていないようで何よりだ」
「おかげさまでね。ミズネがたっぷり魔力を込めてくれたおかげで相当あいつら混乱してたわよ?」
後方支援の位置にいたミズネとグータッチを躱しながら、俺たちは戦闘の決着を喜び合う。……だが、その背後ではまだ戦闘音が鳴り響いていた。
いうまでもなく、それはヴァルさんとムルジさんのものだ。二人の様子を見る感じ俺たちよりよっぽど経験は長そうだが、それでも心配がぬぐえるかと言われればそうじゃなかった。
「そういえばあっち、そこそこ大きな魔物って言ってたもんな。もしかして助太刀したほうがいいんじゃないか……?」
「……いえ、ぎりぎりまでそれはやめておきましょう。相手の顔を立てるためにも、ここは見守るにとどめておくのが得策だと思います」
「私も同感だな。心配する気持ちは大切だが、むやみに助けることだけが正解かと聞かれたらそうじゃない、と答えなくてはならないだろう」
難しい話だがな、とミズネは苦笑しながら俺の質問に返答する。まだ冒険者としての歴が浅い俺には何となくでしか理解できなかったが、こればかりは『そういう時もある』としか言えないのだろう。
それでも、やっぱりどこか心配になるのはぬぐえない。必死に目を凝らして、俺は少し遠くで戦う二人に視線を投げると――
「ちぇぇぇぇいッ‼」
ひときわ大きな咆哮が響き、巨大な火柱が真昼の平原に立ち上った。
次回、護衛二人組の強さが明らかになります!往路を乗り切ってきた二人の実力はいかほどか、楽しみにしていただけると嬉しいです!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!




