第四百二十九話『見えない意図を蹴とばして』
「という訳で、拾いに来たわよクレン。もちろん、協力してくれるわよね?」
「ええ、それはもちろん。まあ、私の準備が何も整っていないことが問題なのですが……」
武器鍛冶連合本部の一室で、ネリンは俺たちを代表してそう宣言する。そこそこ早い時間の訪問だったこともあってか、クレンさんは戸惑うように頭を掻いていた。
クレンさんの困惑も納得できるが、こうするしかないというのもまた事実だ。さっきネリンは説明し忘れていたけど、この手紙が来たのは今日だからな。それも俺たちの下にしか届いていないあたり、ギルド側の認識としては俺たち五人で一パーティという風になっているのだろうか。
「時間指定はないし、準備に関してはゆっくりとしてくれればいいのだがな。問題が問題だし、早めに伝えておかなければならないと思ってのことだ、許してくれ」
「いえ、最初からその行動を責めるつもりはありませんが――思った以上に相手側が本気なようで、私としてもその意図を汲みかねているところなんですよ」
「意図―—か。そういえば、クレンさんは直接あちら側の人たちと話してきたんだっけ」
「そうですね。その時はあのキメラの力量の参考とするべく、それを撃破した私たちの力量を確かめたいという話だったはずですが」
「……その言葉通りなら、野営が出来るかとか試す必要なんてなくない? あっち側としてはあたしたちが強いか弱いかっていう情報だけが重要になってくるわけだし」
クレンの証言に、ネリンが納得いかないといわんばかりに疑問を投げかける。どうやらそれはクレンさんとしても同意見だったのか、深い頷きが返ってきた。
「そう、そこですよ。私たちの強さを測りたいだけにしては、あちらのやり方は回りくどすぎる。何かしらの裏があると見た方が自然なのですが、どうにもその裏が読めなくてですね……」
「え、それって相当な事じゃない? 何をするにしてもいつだって何かしらの裏があるアンタが読めないなんてこと今まであまりなかったでしょうに」
「その言い方には多大な語弊がありますが……まあ、この案件が穏やかなものではなくなったというのは貴方たちと同感です。そうでなければ、駆け出しの街にいる一介のパーティに対してここまでの措置を取るだなんて納得ができない」
「妥当な可能性としては、私たちが倒したようなキメラと類似した魔物が発生したという報告でも上がってきたのだろうな。それか何かしらの資料が見つかってその危険度が跳ね上がったとか、そのあたりだろう」
「それがよりシビアな審査の理由になるかと言われると微妙だけどね。もし仮にミズネの仮説が正しいんだとしたら、むしろボクたちを一刻も早く呼びつけてキメラについての情報を集めるのが望ましいやり方じゃないかな?」
俺の知る中でも屈指の頭脳派三人が知恵を絞るも、その目的は中々見えてこない。顔も見たことない相手の思惑を見抜くなんて難しい事は分かっていても、やっぱり不気味な事には変わりがなかった。
今日それについての説明の書類が届いたことに関しても、よくよく考えてみればいろいろ考えられるもんな。ただ発送が遅れたのか、最初から今日の日に届くように調節していたのか。パッと思いつくのはこの二つだが、もう一個有力な可能性がある。と言っても、前者の親戚のようなものなのだが――
「……直前になって方針変更があったから、この手紙はこんなにもギリギリだったのか……?」
「その可能性についても考慮する可能性はあるでしょうね。この手紙をしたためた人と、この文面を考えた人、私たちの処遇を決定している人の間には隔たりがある可能性すらある」
「そうなると余計に話はややこしい事になってくるね……。ボクたちは知らないうちに、誰かの期待を背負ってしまっている可能性すらあるわけだ」
俺の呟きに反応して、クレンさんとアリシアがそれぞれ反応する。考えれば考えるほど無限の可能性が俺たちの目の前に現れてきて、その一つ一つに俺たちは首をかしげるしかなかった。
これまでいろんな出来事を経験してきたわけだが、ここまで相手方の意図が見えない依頼というのも初めてだ。もちろん邪な事とかではないにしても、どうしたって不気味さはぬぐえないわけで。気が付かないうちに凄く大きな何かに巻き込まれているのではないかと思うと、背筋に冷たいものを感じずにはいられないのだが――
「……でも、それは全部王都につかなきゃ分からない話でしょ? なら、今ここでグダグダグダグダ考えてたってしょうがないんじゃないの?」
どことなく重たい雰囲気になってきたのを、ネリンのあっけらかんとした一言が一気に吹き飛ばす。俺たち四人分の視線を受けて、ネリンは自信満々に頷いて見せた。
「どんなことが待ち受けてくるにしても、まずは王都につかなきゃいけないのは確かだし。それで呼びつけた理由がしょうもなかったら、なんとしてでもそいつらの背中を蹴とばしてやればいいのよ」
ふんすと鼻を鳴らしながらそう断言するネリンに、俺たちは一瞬沈黙する。……だが、アリシアの笑い声がそれをすぐにかき消した。
「……確かに、ネリンの言う通りだね。あちら側にどんな狙いがあるにせよ、それは全部旅路を超えた後に考えればいい話だ。複雑に考えるあまり、そんな単純な前提条件も忘れてしまっていたとはね」
「そうだな。王都のギルドとどう接するにしろ、まずは対面しなければお辞儀も殴りもできはしないのだから」
晴れやかな表情のアリシアに、ミズネも笑って追随する。さっきまで漂っていた不気味な気配は、今やどこにもなかった。
「そういうところ、幼いころから全く変わっていらっしゃいませんね。……だからこそ、ネリン様は尊敬できるんです」
「普段の態度のせいで素直に受け取れないわよ、それ。……さ、早いとこ準備して馬車に向かいましょ」
待たせるのは心証が悪いでしょうしね、とネリンはどこかそっけなくクレンさんに言い放つ。そっぽを向くネリンの頬が照れくさそうに赤くなったことについては……まあ、内緒にしておくのが礼儀ってやつだよな。
見えない意図に、そして不慣れな野営に不安を抱きながらも、それらを笑い飛ばしながら彼らは馬車旅への準備を整えていきます。次回は馬車がお目見えできると思いますので、楽しみにしていただければ嬉しいです!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!