第四十二話『エルフの長』
……しばらくミズネさんの後を歩いていると、やがて大きな木の洞が俺たちの視界に飛び込んできた。大自然のスケールが地球と違うことは理解していたが、それは俺たちの価値観をはるかに超えている。木自体のサイズもさることながら、驚きなのはその洞の大きさだ。しっかり人が住めるくらいの大きさになっているし、それがいくつも窓の様に空いている。大木を利用した高層ビル、というのが一番しっくりくるたとえだろうか。
「……これは……?」
「これが長老の居住地だ。エルフはもともと自然との共存を重んじる種族だが、長老はその中でも特に自然を尊重していてな。この木は長老たちの寝床だけでなく、この里の公共施設をすべて内包しているんだ」
見上げているだけで首が痛くなりそうなそれを眺めながら訪ねると、ミズネさんがそう説明してくれる。ネリンはというと、すっかり見とれて言葉を失っているようだった。これまで自然の景色とかにあまり興味を持ってこなかった俺でも関心するぐらいなんだから、きっとネリンの感動は俺の比じゃないんだろうな……
「……さあ、いこう。一階で長老が首を長くしているだろうしな」
「そう、ですね。……えっと、お邪魔します」
「お邪魔します……うわあ、いい匂い……‼」
その一言で俺たちはもう一度歩みを進め、おずおずと洞の中へと足を踏み入れる。室内全体に広がる優しい植物の空気に、ネリンは歓声を上げた。
「自然を利用した施設ではあるが、あくまで主導権は植物にあるからな。私たちは自然を支配はしない。ただ、お互いにとっていい方向へと往けるように誘導することが私たちのあるべき姿だからな」
「……そう、ですね。この里は、自然もエルフも幸せそうだ」
「短命な人間たちにはできないことだものね……流石エルフ、スケールが違うわ」
指を立てながら、ミズネさんは誇らしげにそう語る。その理想的な在り方に、俺たちが今日何度目かもわからない歓声を上げていると、
「その通りだ。人里を本拠地にして久しいお前が、エルフの信念を忘れないでいてくれて何よりだよ」
俺たちの背後から、威厳のあるしわがれた声が聞こえてきた。
「……長老、お久しぶりです」
それに真っ先に反応したミズネさんが、かしこまって頭を下げる。遅れて反応した俺たちも、慌てながら後ろを振り返ると……
「うむ。久しいな、ミズネよ。……そして人間たち、お初にお目にかかる」
俺たちが目にしたのは、俺たちよりも一回り小さく、世代も低そうな少女が年不相応な整った所作でこちらに一礼をしている光景だった。
澄んだ青い眼と長く伸びた緑色の髪は少女に大人びた印象を与えてこそいるが、それを加味したところで外見年齢は高く見積もっても十五歳がいいところだった。
「長老……って、あなたが⁉」
「エルフは見かけと年齢が一致しないって聞いてはいたけど……あなたが、この里で一番の長命なのよね?」
驚いているのは俺だけではないようで、口々に俺たちは疑問の言葉をぶつける。後々考えれば失礼極まりない行動だったが、長老さんは高らかに笑って見せた。
「ははは、素直な反応でよろしい!人間との交流は久々でな、この反応を見るのも久方ぶりだ。……いかにも、ワシがこの里の長老、エイス・ルーヴェルだ。気軽にエイスと呼ぶがいい」
家名は長ったらしいからな、と長老――エイスさんは片目を瞑って言って見せる。長老というと古式ゆかしい人物像を想像しがちだが、どうもエイスさんにそれは当てはまらないようだった。
「しかし、まさか本当に迷いの森を攻略してみせるとはな……それも強情なお前が人間の力を借りてまで行うとは、長生きはしてみるものだ」
「妹のためですから。……他人の力を借りることもたまには有効だと学ぶ、いい機会にもなりましたし」
エイスさんの言葉に照れくさそうにしながら、しかしはっきりとミズネさんはそう言った。満足そうなエイスさんの表情を見るに、それは嬉しい変化だったのだろう。
「……そういえば、迷いの森について進言したいことが。……アレは、共存できる代物ではありません」
表情を引き締め、ミズネさんはもう一つの事情へと話を切り替える。エイスさんもすぐにその話の重要性に気が付いたようだったが、すっと指を伸ばして、
「その話はあとで聞かせてもらうとしよう。森の事情はワシらにとって一大事だからな。……しかし、今ばかりは姉としての役割を優先してよいのじゃぞ?」
「………………心遣いに、心からの感謝を」
すっとミズネさんの唇に指をあて、真剣な目つきでエイスさんはそう言い切った。……そう言われてはミズネさんも言い返す言葉はないのか、少し迷ったようにした後に首を縦に振った。
「よいよい。お前の努力は里のだれもが知っていることだからな。……病室は二階にある、少しでも早くいってやるがよかろうて」
「……はい。行ってまいります」
エイスさんの言葉に軽く頭を下げて返し、ミズネさんは病室があるであろう場所へと駆けていく。その姿を見失わないうちに俺たちも続こうとした、その時――
「…………お二人さんや。ここはひとつ、老いぼれと茶飲み話に付き合ってはくれぬか?」
――俺たちの服の裾をキュッと掴んで、長老が俺たちを呼び止めたのだった。
次回以降もまだまだエルフの里で物語は発展していきます!果たしてヒロトはどれだけの時間眠れるのか、そのあたりも楽しみにお待ちいただけると嬉しいです!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!