第四百二十五話『宿題と、未来と』
「まいったな。この後に挨拶するボクのハードルが高くなってしまったじゃないか」
「アンタならそれを超えてくるって信じてるわよ。くれぐれも、ハードルの下をくぐるような真似はしないようにね?」
揺れる観客席を見つめながら、アリシアが苦笑してそうこぼす。前に出ていくその歩みと入れ替わるように戻ってきたネリンが、その肩を軽く叩いた。
「……それを言われなければ、そうしようかとも思ってたんだけどね。退路を塞がれちゃそうもいかないか」
ネリンらしいエールに、アリシアはさらに苦笑を一つ。そうして俺たちがやってきたようにみんなの前へと立つと、軽く咳ばらいをして会場を見回した。
「優勝者の後にこうやって出てくるってのも中々にハードルが高いものだけど――改めて、アリシアだ。ボクの土俵で戦うために色々と考えは巡らせたけど、まあ他の皆が一枚も二枚も上手だったね。……ボクの仲間たちはやっぱりすごいんだって、再確認できた」
何でもないように言葉を紡いでいるが、その声色はわずかに揺れている。俺たちに負けないくらいに負けず嫌いなアリシアが、この結果を悔やんでいないわけがないのだ。……どうしたって、悔しいって気持ちを完全に切り離せるはずがない。
「勿論、まだまだやれることはたくさんあったんだろうね。ボクが思いつけなかっただけで、皆に喰らいつくための、皆にもっとボクたちの制作を刻み付けてもらうための策ってのはきっとあった。それに気が付けなかったのは単純に実力不足だし、自分への宿題だ」
「宿題……ね。アイツらしい表現だわ」
アリシアの言葉回しに、ネリンはふっと頬を吊り上げる。負けず嫌いな心をしっかり押し込めて、しかし今後への思いがそこにはしっかりと込められていた。
自分に課した宿題を、アリシアは一つずつこなしていくのだろう。それが終わったとき、アリシアはきっと今よりも大きくなっているはずだ。……その姿は、想像するだけで頼もしかった。
「ボクならもっとうまくやれるようになるはずだ。だけど、そうなっている頃には他の皆もきっと成長している。次こうやって争う機会があるまでに、皆がどれだけ成長できているか……それも、また一つの楽しみだよね」
次もボクたちが懇親会を担当するかは分からないけどさ、とアリシアは微笑を浮かべる。実際のところ俺たちはピンチヒッターみたいな側面はあるし、懇親会を運営するのはこれっきりになるんだろうな。俺たち以外にもこの役割を果たしてみたいって人はいるだろうし。
「さて、ボクが長々と語るのも何か違う気がするしここらへんで締めくくるとしようか。今回は悔しい……本当に悔しい負けを喫してしまったけど、ボクたちが作り上げた物に票を投じてくれた人がいるのも揺るぎない事実だ。まずはそれに、心からの感謝を。……ボクの思いを形にしてくれたチームメンバーに、そしてその景色を楽しんでくれた方々にも、同じくらいの敬意を。……ありがとう。ボクにとっても、本当に楽しい祭りだったよ」
最後まで涙はこぼさず、飄々とした態度をアリシアは崩さない。だが、その言葉は真剣で、下げられた頭は精一杯の誠意だ。……それを、会場にいる人たちも理解してくれているようだった。
「……ハードル、飛び越せたかい?」
「十分よ。宿題、ちゃんと提出しなさいよね?」
アリシアの問いかけにネリンがニヤリと笑ってそう返すと、アリシアは目を丸くする。それから、何かをこらえきれなかったようにプっと吹き出して――
「……ああ。いつか、必ずね」
「よろしい」
そうはっきりと宣言したアリシアに、ネリンが満足げな頷きを返す。そこでやり取りが一段落したのを確認して、ベレさんが大きく息を吸い込んだ。
「伝統と革新の融合を果たしたネリンさん、街の歴史をエンタメへと昇華させたアリシアさん。お二人とも、素晴らしい作品だったことに変わりはありません。変化に込められたメッセージ性も、クイズ大会が作り上げた熱狂も、私はしかと受け取りましたから」
二人の作品を総評して、ベレさんは観客席へと向き直る。この祭りの終わりが、三週間を超える長い長い俺たちの奮闘の決着が、もうすぐそこにあった。
「……皆様のおかげで、今年の懇親会も素晴らしい成果を出して終わることが出来ました。それはひとえに彼らのおかげであり、それらの制作を受け取ってくれた観客の皆様方のおかげです。……ですから、この祭りを締めくくるにはこの言葉が一番相応しいでしょう」
そこで言葉を切って、ベレさんはもう一度会場をぐるりと見まわす。そして俺たちの方にも視線を向け、いつもの様な豪快な笑みを浮かべると――
「……懇親会に関わったすべての方々に、今後の幸があらんことを! ……そして、きっとまた次回の懇親会で、こうしてお会いしましょう!」
ベレさんの呼びかけに、会場が最後の大歓声を上げる。ここにいる全ての人が、次の舞台での再会を願っている。……まだ何も分からない未来を、見つめている。
本当に、色々なことがあった。いい事も悪い事も、嬉しい事も悔しい事も。だけど、それらすべてを包み込んで祭りは終わっていく。それはきっと、寂しい事なのかもしれないけれど――
「……懇親会、これにて閉幕です‼」
――楽しい祭りだったという感情だけは、なにも揺るがずに俺の中でしっかりと熱を放っていた。
次回、少しだけ懇親会の後日談です! 王都編の開幕はすぐそこにまで迫っておりますので、そちらも是非是非楽しみにしていただけると嬉しいです!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!