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第四百二十四話『優勝者スピーチ』

 そのアナウンスが響いた瞬間、観客席が大いに沸く。手を取られ、勝者としてその名が告げられたネリンを、この場にいる誰もが祝福していた。


「……ううん、ダメだったか。……食らいつけただけで満足とは、到底言えないな」


 笑みを浮かべ、拍手を贈りながらもアリシアの表情には悔しさがありありと現れている。当のネリンはというと、つかみ取った栄光にまだ理解が追いつけていないようだった。


「……あたしが、勝ったのよね?」


「ええ。非常に僅差ではありましたが、単独一位です。……どうか、誇ってください」


 確認の質問にベレさんがノータイムで頷いたのを見て、ようやくネリンにも実感が沸いて来たようだ。掲げられた拳に徐々に力が入ると、やがてその手はガッツポーズに変わっていって――


「やっ……たあああああああっ‼」


 のどがかれるのも構わないと言いたげな喜びの声に、会場が爆発したように盛り上がる。栄光に輝いた少女は、舞台の中央で自らの勝利を噛みしめていた。


「おめでとう。伝統と変化の融合をここまできれいにやってのけたんだ、その栄冠は納得のものだろうな」


「誰もケチは付けねえし付けさせねえよ。……悔しいけど、お前の勝ちだ」


 ネリンが力強く俺に約束してくれたように、俺もネリンにサムズアップしてみせる。この優勝に文句があるのなら、これを超える制作を作ってもらわないと割に合わないというものだろう。


「おめでとう! 期待以上の作品だったぞー!」


「去年までの伝統を絶やさないでくれてありがとー!」


 観客席からも、ネリンの優勝をたたえる声がたくさん聞こえてくる。今まで浴びたことがないような歓声の嵐に、ネリンは腕を目元へと運んでいた。


「あれ、なんで……笑って挨拶、したかったんだけどな……?」


 自分自身の行動に困惑しているその声は震えていて、涙がこぼれてきているのがなんとなくわかる。嬉し泣きというものなのだろうが、それがこみあげてきたことに対してネリンは戸惑っているようだった。


「……あたし、最初はこのチームでうまくやっていけるか心配で。伝統を引き継ぐって中で、だけど去年よりも小さなスペースで、変化も付けなくちゃいけなくて――」


 この盛り上がる舞台の中で、ネリンはぽつりぽつりとつぶやきだす。それが聞こえ始めた瞬間、会場は一瞬でネリンの言葉を受け入れる体制が整っていた。どれだけ盛り上がってもなお、この舞台の、この瞬間の主役はネリンなのだ。


「しっかり組み上げられた理想のプランに、あたしは最初口出しする気も起きなくて。あたしの力なんていらないんじゃないかって思って。……だけど、それは違ってた」


 きっとそのスピーチは、ネリンが言おうと思ってたものではないのだろう。紡がれる言葉はたどたどしくて、普段の元気さとは打って変わってその言葉は静かだ。


 だが、その言葉に会場全体が聞き入っていた。優勝の余韻を静かに噛み締めるネリンの言葉は、会場の隅までしっかりと響いている。


「アイデアのヒントを貰って、考えだした企画を握りしめて初めてリーダー……クローネさんと正面から意見をぶつけ合って。あれがなくちゃあたし、胸を張って三人の横に並べなかったと思う。その場合、ここに立ってたのはクローネさんだったかもしれないわね」


 そうならなくて良かった、とネリンは笑う。昨日の打ち上げで少し聞いてはいたが、順風満帆に見えるネリンたちの歩みも決して舗装されているわけではなかったってわけだ。


 俺たちは意見をぶつけ合ったりはしなかったしな。オウェルさんの立てたどでかい旗を実現するべく奔走してたって言い方の方が的確な気すらするし。それを思うと、俺とネリンのしてきた経験ってのは全然ベクトルが違う代物なのだろう。


「意見をぶつけ合うことはきっと悪い事なんかじゃなくて、そこから生まれるものがあるならいい事なのよ。もちろん、ぶつけるに値する考えがなくちゃいけないのは確かだし、その段階で周りから助けてもらったのも事実だけどね」


 しゃべるうちにだんだん調子が戻ってきたのか、明るい口調でネリンは会場へ向けてそう投げかける。こういう場でも自分の本来の調子をしっかりと分かっているのは、ネリンが自分の調子をブラさずにクローネさんたちと話し合ってきたことの産物でもあるのかもしれないな。懇親会の前からしっかり自分の性格とかは理解していそうだったけど、今回の経験を経てそれが更に深まった感じだ。


「皆の理想をかき集めて、出来る限りの知恵を絞って。そうやって少しずつ作り上げていったのが今日までの二作品なの。『メッセージを押し付けない』ってコンセプトがあったから、どう思ったかはあえて聞かないけどね。……だけど、あたしたちの制作が完成したのは、こうやって見に来てくれたお客さんたちのおかげだと思ってるわ。あなたたちが居なきゃ、この作品は永遠に完結しなかった。だから、この場を借りて改めてお礼させてほしいの」


 そう言って、ネリンはもう一歩前へと進み出る。会場をぐるりと見まわして、その後深々と頭を下げると――


「……あたしたちを応援してくれた人も他のチームに投票した人も、ここに来てくれたすべての人に感謝してるわ。……あたしたちの作品を見届けてくれて、そしてこんなにたくさんの思いを票にして伝えてくれて、本当にありがとう‼」


 今日一番の声量で、ネリンは観客への、そして懇親会に訪れた人たち全てへの感謝を叫ぶ。それにワンテンポ遅れて俺たちも頭を下げると、万雷の拍手が俺たちを包み込んだ。

ということで、セレモニーもついに終わりを迎えようとしています!懇親会の締めくくりを、そしてそこから間髪入れずに訪れる王都への旅の始まりを、それぞれ楽しみにしていただけると嬉しいです!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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