第四百二十一話『順位は付けられる』
「ここまでくれば最早無駄にじらす必要もないでしょう。票数を各員カウントするのではなく、事前に集計した総得票数を基に順位発表を行わせていただきます。……もっとも、その結果は今ここにいる誰もまだ知らないわけですがね」
お茶目に笑いながら、ベレさんはスタッフから折りたたまれた紙を受け取る。そこに、俺たちの努力の成果が形となって示されているのだろう。
そう思うと、俺の背筋が思わず固くなる。ここまで走り抜けてきた結果が、今ベレさんの手に収まったのだ。……長い長い祭りの終わりが、すぐそこにまで近づいているんだ。
「まずは総得票数から発表させていただきましょう。この祭りに来ていただき、そしてこの企画に票を投じてくださった方々の合計は……実に2458票にも上りました!」
「うお、そんなに……⁉」
「延べ数だとは言え、相当多くの人に楽しんでもらえたみたいだね。勝負っていう企画自体は、この時点で成功しているようなものだ」
「多くの人により楽しんでもらうための仕掛けであることは事実だからな。もちろん、票を投じなかった人にとっても楽しいものだったと信じたいが」
「大丈夫でしょ。そういう企画に参加するのに気が引けちゃうって人はいるだろうし」
参加しなかったからと言ってつまらなかったってことにはならないわよ、とネリンはすまし顔でそう言ってのける。経験則がしっかりとあるのか、その言葉は実に堂々としていた。
「参加していただいた方々の思いがこもった一票、しかと私たちが受け取りました。……ですから、その結果を誠実に示すこともまた礼儀というものでしょう。……それでは、三位の発表から行かせていただきます」
覚悟を決めたように紙を開いて、手の中に現れた結果にベレさんは目を通す。それを見て色々思うことはあっただろうが、表情をかすかに動かしただけで前を向き直ったのは流石というしかなかった。
三位からの発表ということは、最後に優勝と最下位が残る形になるだろうか。目標のことを思うと最後まで呼ばれずに残っていたいのは事実だが、そこまで残った場合半分の確率で最下位なのも事実なわけで。
「それでは、発表させていただきます。……第三位は、ミズネさんの制作です!」
その言葉とともに促されて、ミズネは一歩前に出る。その表情にはいろいろなものが浮かんでいたように見えたが、きれいな所作はそれを一切感じさせなかった。
「応援、本当にありがとう。優勝が出来なかったことは本当に悔しいが、同時に私たちが作り上げた物をいいと思ってくれた人が確かにいてくれたことが嬉しい。……ありがとう。票を投じてくれた人だけではなく、この祭りに足を運んでくれたすべての人に、感謝を」
ゆっくりと話し終わって、ミズネはもう一度頭を下げる。三位という成績が恥ずべきものでないことは、観客席から送られる温かい拍手と声援が何よりも雄弁に証明していた。
万雷の歓声を背に受けて、くるりと背を向けたミズネはこちらに戻って来る。その目じりにきらめくものが浮かんでいたことは、言わぬが花というものだろう。
「一人のエルフが見たカガネの景色を繊細に描いた制作の在り方は、芸術としても心温まるドラマとしても一流のものでした。このチームが三位に控えていることが、この懇親会のレベルを証明しているといっても過言ではないでしょう」
ミズネが戻るのを確認して、ベレさんがチームの制作をそう評する。ミズネにしかできない個性が存分に活かされたものづくりは、間違いなく見ている人の心に響いただろう。
この投票結果がどうであれ、どのチームにもそれを応援してくれた人がいることには変わらない。それを知ったことで、少しだけリラックスできた気がした。
「さあ、どんどん行かせていただきましょう。それでは次、惜しくも次点に終わった第二位の発表です!」
ベレさんの一言で、空気は次へ向かってまた切り替わる。ここで発表されるのも当然嬉しい事ではあるが、本心では皆ここで呼ばれたくないというのが本音だろう。皆が皆一位を妥協せずに目指すのが、俺たちの勝負なのだ。
全員が全員負けず嫌いで、だからこそ中途半端な妥協はできない。もちろん、その結果がどうであれやってきたことに後悔はないけれど――
「……それでは、第二位! ……ヒロトさん、前においでください!」
聞こえて来たベレさんの言葉に、一瞬思考がショートする。どこかへ行ったと思っていた緊張が、ベレさんの一言で急に蘇ってきたかのようだった。
「……ヒロトさん?」
「……はい、大丈夫です。今前に行きますから」
心配そうなベレさんの声かけに何とか答えて、俺は前へと歩き出す。右手と右足が同時に出ていないかが心配だし、足取りがぎこちないかも心配だった。
それに、何より――
「……応援、ありがとうございました。改めまして、花谷大翔です」
みんなの前に出て挨拶するその声が涙に震えていないか、それが一番心配だった。
ヒロトは無事に挨拶を終えることが出来るのか、そして勝負の行く末はどうなるのか!最後まで懇親会を楽しみ尽くしていただけると嬉しいです!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!