第四十一話『ようこそ、エルフの里へ』
「……よし、着いたぞ。ここがエルフの里だ」
歩くこと五分ほど、二本の大木とその枝で作られたアーチが俺たちの視界に飛び込んできた。
「……すっげえ……」
大木が左右の支柱になり、そこから生えた枝が絡み合うことで建造物として完璧なデザインになっている。自然のものだけでこんなに見事なものが形作れるんだな……
「エルフは森とある種族だからな。自然を導き、また自然に導かれることで今まで文明を築いてきたのさ」
俺が感心していると、オノンさんが自慢げに説明を加えてくれた。
「そうなのね……エルフたちにこんな技術があったなんて」
「そうだな……私がまだ幼いころにこの木たちは植えられたのだが、健やかに育ってくれてうれしい限りさ」
ネリンもうっとりとそれを眺めていると、ミズネさんが感慨深そうにしみじみとつぶやく。長命のエルフという種族にとっては、生育に時間を要する木というのは生涯を共にする相棒のようなものなのかもな。
「っと、まずはアイツのところに行かないとだな。薬草、そのために採ってきたんだろ?」
「当然だ。……さあ、いこうか」
立ち止まっていた俺たちだったが、本題を思い出したエルフ二人組は少し足早に木のアーチをくぐる。俺たちもその背中を追って、エルフの里に足を踏み入れた。……その、直後。
「「ミズネが帰ってきたぞーーーー‼」」
里全体から響いてくるかのようなおかえりコールが、俺たちを出迎えた。
「オノン、これは……」
「事前に連絡しとかないと色々めんどくさいことになりそうだったからな。人間のお二人さんのことを含めて里には連絡しておいた。……結果は、逆かもしれねえけどな」
厚意のつもりだったんだが、とオノンさんは頭を掻く。確かによく気の回る動き方ではあったが、どうもミズネさんの人徳はオノンさんの想像をはるかに超えているようだった。
「皆、寂しかったのも不安にさせたのも分かるが少し離れてくれ……ああもう、桃もミカンも後で全部受け取るから……‼」
帰りを心待ちにしていた村の人々が四方八方から集い、戸惑うミズネさんをもみくちゃにする。今のこの状態を一番予想していなかったのは、ほかならぬミズネさん自身なのかもしれなかった。
「……ミズネさん、里のみんなに好かれてるんですね」
「そうね……まあ、納得できる話だけど」
それを遠巻きに見つめながら、俺たちはのんびりと言葉を交わす。そんなふうにしていると、一人のエルフの少女が俺たちに歩み寄ってきた。
「……君たちが、ミズネのことを助けてくれたの?」
少し怖がるようにうつむきながら、しかし勇気を振り絞ったように少女は尋ねる。俺たちは一瞬顔を見合わせると、
「……助けられた部分の方が多かった気がするけどな。俺たちがやったことと言えば、ミズネさんの足りなかったあと一つの部分を補ったくらいだ」
「ミズネさんったら、一人でも全然大丈夫なくらいに強かったからね……あたしたちはおんぶにだっこだったわ」
長くて短い冒険を振り返りながら、俺たち二人は力なく笑う。俺たちがミズネさんにとって救世主だったのは事実だが、ミズネさんがいなければ俺たちも危険なところだったしな。
「……そう、なのね」
そんな俺たちの返答を受けて、少女は少し目を丸くした。何か気を悪くしてしまう答え方があったかと、俺は少し不安になったが……
「……ありがとう。ミズネと、一緒にいてくれて」
ぺこりと、そんな擬音が付きそうな感じで少女は頭を下げた。
「ミズネったら、昔から何でも一人で抱え込もうとする癖があって。……人間さんが近くにいてくれることになるとは思わなかったけど、私たちからしたら嬉しい限りなのよ」
安堵したような笑みを浮かべながら、少女は俺たちにそう説明してくれる。こちらへの警戒心は、すでにないようだった。
「自分一人で何でも、か……確かにミズネさんらしいわね」
「戦闘のとことか、確かにそういう気配あったもんな……」
自分一人で何でもして見せるという気概は美徳だが、ミズネさんのそれはやや危うさを孕んでいるともいえるだろう。鍛冶屋での一件と言い、少し先走りがちな部分もあるしな。
「……ほんとうに、ミズネのことをよくわかってくれているのね」
納得したような俺たちの様子に、少女は心から感心したように声を上げる。俺たちの存在は、彼女にとってとても新鮮なようだった。
「……やっぱり、人間とエルフってあまり交流がないんですか?」
「そうね……寿命が違いすぎるし、私たちの方から避けてる部分はあるかも。……先立たれるのは、やっぱり悲しいから」
俺の問いに、少女は少し悲しげな表情をしながら答えた。……この少女も、本当はかなり年上なのかもな……
エルフならではの葛藤に、俺たちは返す言葉を失ってしまう。……しかし、少女はエルフたちに囲まれているミズネに目をやると――
「……でも、ミズネのことを見てるとそれは違うのかも。……ミズネ、少しだけど物腰が柔らかくなってる気がするし」
優しい目線を向けながら、少女はしみじみと告げた。その眼は、少しうるんでいるようにも見えて。
「……改めて、ミズネを助けてくれてありがとう。……これからも、ミズネと仲良くしてくれると嬉しいわ」
そう言って、少女はもう一度頭を下げる。それにどう返答すべきかは、考えるまでもなかった。
「「もちろん‼」」
図らずも声がそろい、俺たちは笑みを交換する。そうしてやり取りにひと段落着いたところで、どこか疲れた様子のミズネさんがこちらに歩み寄ってきた。
「はあ、はあ……オノンめ、余計なことを……」
「まあまあ、それだけ愛されてるって受け取りましょうよ。……たくさん、話せましたか?」
俺の質問に、ミズネさんは少し面食らったような表情をする。そしてその後、感慨深げに目を瞑って、
「ああ……たくさんのことを、アイツらは伝えてくれたよ。言葉じゃないところも含めて……な」
そう言って、嬉しそうに笑った。
「改めて二人とも、待たせてすまなかったな。今頃は長老が首を長くして待っている事だろう。……二人とも、ついてきてくれ」
しかしミズネさんはすぐに表情を引き締めると、くるりと背を向けて長老のいるであろう場所へと歩き出した。その背中を見失わないように、俺たちも小走りで続く。
――ミズネさんの足取りが嬉しそうに弾んでいることは、俺だけの秘密にしておくことにした。
次回、ついにエルフの長老との対面になるかと思います!ヒロトの何十倍もの時間を生きてきた人物と相対してどんな物語が生まれるのか、次回を楽しみにお待ちいただけると嬉しいです!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!