第四百十五話『有終の美を飾るために』
街中のにぎやかさから切り離されているかのように、普段騒がしいギルドには緊張感が漂っている。ここが懇親会の運営本部であることも関係しているのだろうが、あの雰囲気はたくさんの人がいて成立している者なんだということを改めて確認させられた。
「……おお、来てくれたか。せっかくなら最後まで楽しんでもらいたかったんだが、結局こうやって力を借りることになっちまってすまねえな」
「そんなの気にしなくていいのよ。というか、ベレさんこそ少しは観光してもよかったんじゃない?」
「いや、俺は準備段階でたくさんいいものを見せてもらったからそれで十分だ。お前たちがどれだけ頑張ってるかを知ったうえで、当日も楽させてくれなんざ到底言えねえよ」
ドアを開けた俺たちを目ざとく見つけて、ベレさんがこちらに歩み寄って来る。その勤勉さにネリンは心配そうな表情を浮かべていたが、ベレさんは特に負担だとは思っていなさそうだった。
「それじゃあ、さっそく本題に入っていくとするか。突発的に企画したものだから、詰めるべきところが多くてな」
「ああ、雑談に花を咲かせるのはその後だな。……とりあえずは、現在の構想を聞こうか」
近場の席に着くや否や、ベレさんは本題に入る。もう少し他愛のない話を差し挟むくらいはするかと思っていたが、どうも事態は俺が思っているより単純ではないようだった。
「今現在、共有区画に当たる部分には即興で仮説ステージが建設されてる。閉会セレモニーはそこで行うんだが、今現在企画できてるのが三つだけでな。開会宣言と結果発表、それと閉会宣言。……少し、味気なさすぎるとは思わないか?」
「……確かに、その状況なら本題を急ぎたくもなりますね。なんというか、わざわざ集まってもらう意味が薄すぎる」
正直なところ、勝敗というところにこだわっているのは観光客よりも俺たちだろう。言ってしまえば俺たちのために作られた閉会セレモニーなんだから、来てもらう人を置き去りにしたまま終わってしまうのはあまりいい手とは言えなさそうだ。
「もうちょっとエンタメがあってもいいわよね……どれくらいの人が来るかもわからないから、規模を考えるにも難しいのが難点なんだけど」
「なんせ今までなかった催しだからね。ボクたちにとっては大事な区切りだけど、観光客の中にはそこまで関心を持ってない人もいるだろうさ」
「ああ、そこは分かってる。だけどな、それでも準備しないわけにはいかないんだ。ここまで盛り上がったものの最後があまりにしょぼいなんてこと、あっちゃならねえ」
アリシアの指摘に頷きつつも、ベレさんはぐっと拳を握りこむ。その腕は小刻みに震えていて、ベレさんの緊張を示しているかのようだった。
「そこは私も同感だな。せっかくなら客を呼び込み、そして盛り上げることが出来るような催しか何かが出来ればいいのだが――」
「今から外部の人に出演を依頼するのは難しいよな。今いる人たちだけで、何とか魅力的なものを作り上げなきゃいけないわけだ」
閉会セレモニーについてはもう少し議論するべきだったのだろうが、あの追い込み期間の中でそれを話し合える余裕がある人など誰もいない。それを実際に見て理解しているからこそベレさんも無理に招集をかけなかったのだろうし、それが正しい判断だったとは思う。その結果として最後の難関とも言っていい問題が生まれているのだから、状況はとても難しいのだが。
「具体的にはあたしたちが何か催し物をできれば、っていう風になっていくんでしょうね。懇親会を作り上げた人がどんななのか、それが気になる人はある程度いるでしょうし」
「先代の担当パーティも、ここでの活動をきっかけに目を付けられて王都へと拠点を移したらしいからな。形は何であれ、運営側の人間に興味を持つヤツは少なからずいるってわけだ」
「なら、その人たちの需要を満たしてあげるのが筋ってやつだね。どうすれば満たされるのか、その条件がちっとも検討が付かないのは問題だといえそうだけど」
「そこはこれから詰めないと、だな。ここまで表向きは争ってきた私たちがここに来て初めて協力するというのは、なんだかんだ熱い展開なんじゃないか?」
アリシアが洗い出した条件に、ミズネがくすりと笑みを浮かべながら追随する。ここまでも協力自体はかなりしているわけだが、それを知らない人たちからするとここに来ての共同制作は確かに熱いものがありそうだった。
「それなら、協力感がある企画を作って運営するか?そりゃ即興で何かやるってのは難しいし、その企画を考えろって話なんだけど――」
「協力……協力、ねえ」
俺の言葉を反芻しながら、ネリンは考え込むようにあごに手を当てる。あの仕草をするときは何かアイデアが出かかっている時だと、俺は何となく理解していた。
「ネリン、何か思いついたのか?」
「うん、ちょっとね。ほら、なんだかんだ言ってもあたしたちって冒険者じゃない? だからこそ、最後にその側面を押し出してもいいんじゃないかなって」
「冒険者としての一面、ねえ……」
「そう言われると中々に難しいな。冒険者と言えば、で明確なイメージが共有されるわけでもないだろうから、誰から見てもわかり易いものを作らなければいけなくなる」
「ああ、そこについてはもうある程度考えてあるわよ。まあ、それには前提条件としてある物が必要なんだけど――」
そこで言葉を切って、ネリンは一度俺たち全員をぐるりと見まわす。その視線はやがてミズネへと収束すると、そこでネリンは一度目を細めて――
「……ミズネ。私たちが力を合わせれば、事故防止用の結界ぐらいは張れたりするものなのかしらね?」
「……ほう?」
ゆっくりと紡ぎだした問いに、ミズネは興味深そうに唸った。
ということで、ここからヒロトたちにはもうひと踏ん張りしてもらいます。懇親会にふさわしいフィナーレを彼らは作り上げられるのか、楽しみにしていただければと思います!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!