第四百九話『気ままに生きた先で』
俺たちのところも様変わりという意味では同じくらい大きなものになっているが、ミズネたちの展示はなんというか、纏う雰囲気からして違うように思える。それを演出しているのがエルフの里でよく見た形式の作品たちであることは間違いなかった。
「というか、こんなことになったの多分初めてだよな……エルフ文化とカガネの文化ががっつりコラボしてるところなんて見たことねえし」
「そりゃあ私が提案して一からくみ上げたものだからな。間に合わせのようになってしまった部分は多いが、それでもある程度のクオリティになるようには仕上げたつもりさ」
カガネの町並みをモチーフにした商店街の模型が、その雰囲気を保ったままエルフの文化を取り込んで深化しているその様はまるで未来のカガネの姿を映し出しているようで、俺たちはその模型から目が離せない。周りの来場者たちも、その作りの細かさに目を見張っているようだった。
「これは一本取られたというか、出し抜かれた気分ね……。ミズネ、エルフとして自分を扱われるのはあまりうれしくないんじゃなかったっけ?」
「まあ、それに関しては否定できないな。……だが、チームのメンバーにとって私はエルフである前に一人のミズネであり、エルフとしての力に頼りきりになるようなこともなかった。そんな姿を見てきたから、私は安心してエルフの側面を出せたのだろう」
お前たちにもエルフの魔術を教えているだろう?とミズネは付けくわえる。そう言われてみると、ミズネはエルフとしての技術を出し惜しみしているわけではないような気がしてきたな……。
「ミズネはその技術だけを求められることを良しとしていないだけだからね。そうじゃないと分かれば力も貸すし、何なら自分から借りてくれって頼みこみに来るくらいだ。そう言われたら、皆にも心当たりがあるんじゃないかい?」
「確かに、そう言われたら納得できるかも。エルフであることを隠したいってわけでもないものね」
「当然だ。里を離れた身ではあるが、私はエルフであることに誇りを持っている。もちろんその生まれのせいで苦労することもあったが、それは種族を隠す理由にはならないさ」
ネリンの気付きに、ミズネは胸を張ってそう断言する。何の淀みもなく言い切って見せるその姿は、あまりにも眩しく見えた。
ミズネとは少し――いやかなり事情が違うが、俺も多くの人に隠し事をしている状態なのは変わりないからな……そこら辺の扱いとか、四百年前の彼はどうしていたんだろうか。
「俺ももっと、あけっぴろげに話すべきなのかねえ……」
「いや、それはやめておいた方がいいと思うわよ。多分―—というか確実に大騒ぎになるし」
「ただでさえ幸運の象徴とされる黒髪黒目が、異世界の住人ってことが発覚したら――まあ、ろくなことにならないのは確実だろうね。ミズネの在り方が素晴らしいのにはボクも共感するけど、生憎ヒロトの事情とは別問題だ」
「うん、私も同感だな。隠し事をしないのは美徳だが、それを強制するようなことはしないさ」
俺の呟きで三人とも察したのか、慌てた様子で全員が口をそろえる。そこまで食い気味に止めてくることに関してはもう笑うしかなかったが、どっちかっていえば三人の意見の方が正論に思えた。
「それをカミングアウトしたら何が起こるか分かんねえもんな。しばらくの間は俺とお前たちだけの秘密ってことにしとくよ」
「ああ、それがいいさ。この先本当に信頼できる仲間が増えたなら、その時に初めて打ち明けるかどうか悩むといい」
「さらっと打ち明けられたとき、あたしもそこそこ驚いたもんね。まあ、そうじゃないと納得できない事とかも多かったからひっくり返るようなことは無かったけど」
「……まあ、そうだよな。驚くもんな、異世界出身の人間がいたらさ」
ひっくり返るネリンに関してはちょっとだけ見てみたかったが、おおむね俺の判断に関しては正解だったということだろう。いくら同じ見た目の人間とは言え、異世界って概念は中々受け入れがたいものだったらしいし。
「というか、こことは違う世界に人間がいる時点で驚きだもの。ボクとしてはもう一人暗い顔を合わせて見たいところだけど、どうやらそれは難しいのかな?」
「さあ、どうだろうな? 四百年前に行ければ少なくとも一人は会えると思うぞ」
「生憎、エルフの技術をもってしても時間遡行に関しては難しいだろうな。あえて不可能とは言わないが」
「それなら完成の時を楽しみに待つとするよ。その間にだって、新しい知識を得る機会は大いにありそうだしね」
ほとんど冗談のつもりだったのだが、どうもかなり真剣に受け取られてしまったようだ。難しいとは言いながらも、タイムスリップの手段を用意できないわけではなさそうなのが恐ろしいところだった。
それにしても、あの神様はかなり転生させ慣れているような感じではあったんだよな……。転生先が全部この世界という訳ではないにせよ、俺と同時代にもう一人くらい転生者がいる可能性は全く否定できないだろう。ま、そうだとして積極的に会いに行こうとは思わないけど。
「俺は俺なりの楽しい異世界生活を送れれば十分だしな……。そうやって過ごして苦中で変わってくものだってあるだろうしさ」
「その通りだな。……というか、この展示がそのままお前の言葉の証明だといってもいいくらいだ」
俺の独り言に、ミズネはしんみりとした表情で頷く。目の前に広がる二つの文化が融合した景色は、確かに俺が引き起こしたものと言ってもまあ過言ではないのかもしれなかった。
「あたしたちと出会わなきゃ、ミズネはこの街に居つかなかったかもしれないんだものね。そう考えると、意外と大きな影響を与えているような……」
「異世界の住人として、ある種の宿命からは逃れられないのかもしれないな。……そう考えるとずいぶん羨まし――いや悩ましい立ち位置とも言えそうだけど」
「今羨ましいって言いかけただろ。というかほぼ言ってたろ」
実際アリシアは転生しても楽しそうにしているのが容易に想像できてしまうのが困りものなのだが……まあ、俺もそんな悲観的ではなかったしお互い様なのかもしれない。
そんなことを考えていると、突然隣からくすくすと笑い声が聞こえてくる。その主を見上げると、ミズネが子供のような表情を浮かべているのが目に入った。
「なんだよ、お前も転生するのが羨ましいのか?」
「いや、そうではないが……こうしてやり取りしていられるのが宿命なら、中々粋な計らいをしてくれたものだと、そう思っただけだ」
「それは……まあ、そうかもな」
ミズネの言葉にそう答えて、俺は改めて模型に示された可能性に目を向ける。もしこの先俺たちが気ままに生きていく中で、本来ありえなかったはずのつながりが生まれて、それが新しい文化を築いて。それが、こんな美しいものへと変化していってくれるなら――
「……交わらないままでいるのなんて、勿体ないし」
――転生者の宿命ってやつがあったとしても、まあ悪くないような気がした。
この先もヒロトたちの日常は続いていきますが、やはりその中でも変化というものはあるわけで。それに対してどう向き合っていくかというのは、ある意味大事なところなのかなあと思います。少し意味深な感想にはなりましたが、この先シリアスな人間関係が繰り広げられたりするということはほとんどないかと思われますのでそこはどうかご安心を!この先もヒロトたちののんびりとした日々をお楽しみいただけると幸いです!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!ツイッターのフォローも是非お願いします!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!