第四百五話『継ぎ接ぎの奥にある変化』
「……ん、あ?」
「これは、ちょっと予想外かな……?」
ネリンたちの区画にたどり着くなり、俺とアリシアは呆けたような声を上げる。目の前に広がっている光景は、俺が予想していた二日目の光景とはかなり違って見えるものだった。
「これはまた、ずいぶんと様変わりしたな……。ここがネリンの影響が強く出ている部分ということか?」
「まあ、そんな感じね。あたしはアイデアを出しただけで、それを明確に形にしてくれたのはクローネさんたちだけど」
感心したミズネの問いに、ネリンは頭を掻きながらそう答える。デザインという側面では確かにネリンの貢献度はそれほど高くないのかもしれないが、この異質な雰囲気を作り出している作品にネリンのアイデアが大きく活きていることは言うまでもなかった。
「表現しづらいけど、何かが昨日と違うんだよな……。言葉にできないからはっきりした感想が言えないのが少しだけ悔しいけどさ」
「あ、それに関してはしょうがない事だから安心して? 近くに行けば、嫌でもその違いはよく分かるはずだから」
あっけらかんと宣言して、ネリンは俺たちを導くように走り出す。その背中を追うにつれて作品の表面がより細かく見えるようになって、それと同時にネリンの言葉の意味もはっきりと分かってきた。
「……なんか、継ぎ接ぎだな。昨日のは、もっとどっしりした一つの作品だったように見えるけど――」
「それに関してはボクも同じように記憶しているよ。昨日のは完璧に一つの作品だった。……これは、まるで何かを用いて後から組み立てられたかのような違和感を覚えるね」
「そう、それでいいの。それこそがあたしたちが仕掛けた最後の仕掛けだからさ」
俺とアリシアの指摘に、ネリンは自信ありげに、何なら嬉しそうに大きく頷いて見せる。自分の仕込んだタネがしっかりと見破られていることが、ネリンにとっては狙い通りなようだった。
「自分で言ってて少しわかりづらいテーマかもしれないなーって思ってたのよねえ……だからいっそやりすぎなくらいにわかり易くしてもらったんだけど、それでもやっぱり少し不安なのは間違いないのよ」
「それが昨日ネリンの言っていた不安というものか。昨日はどっしり構えた作品、今日はその雰囲気は保ちつつも継ぎ接ぎの作品になり、その造形も変化している。どちらかと言えばわかり易いコンセプトと、そう言えなくもない気がするが――」
「……ネリン女史の真の狙いは、継ぎ接ぎと一つの物体の対比だけではない。もっと深い地点にも二つの対比はあるのだが、それはいささか難解が過ぎるのが問題だったな」
顎に手を当てて思考を回転させるミズネの肩に、しわが目立つ大きな手がゆっくりと置かれる。パーティの誰のものでもないその感触に驚いて振り向いたのに続いて俺たちも振り向くと、懇親会で合わせた顔がそこにはあった。
「クローネさん⁉ 区画の運営は大丈夫なんですか?」
「ああ、そこは部下に任せて来た。懇親会の初日に、オウェルの奴が君たちに接触したという話を聞いてな。それが許されるのならば私も良いだろうと、そう考えた次第だ」
驚きを隠せないといった様子のネリンに、クローネさんはいたって冷静に頷く。あまりにも二人の姿は対照的だったが、その間にはしっかりと積み重ねられた絆が見え隠れしていた。
「なるほど、それなら納得できるってものですけど……。チームを組んだ当初のクローネさんからすると想像もつかない発想ですねえ」
「君が語ってくれたパーティメンバーに興味が湧いただけだ。他人に対して無尽蔵な興味が湧くようになったわけでもないよ」
「それでも大きな変化ですよ。今までのクローネさん、自分の理想の外側にいる人には一切の興味もないって感じでしたし」
にやにやと笑いながら問いかけるネリンに、肩を竦めながらクローネさんは返す。年の差という観点で言うならば四十~五十代くらいのクローネさんが遥かに年上なのだが、そのやり取りからはその差を全く見て取れないのが少し面白かった。
「ネリン、ボクたちのことを伝えていたのか。どのような感じだったのか、是非聞いてみたいものだね」
「あ、それは俺も気になるな。第三者を挟んだネリンの評価ってなんだかんだ聞く機会なかったし」
本人に言ったらぶっ飛ばされるけど、ネリンってどこか素直じゃないところがあるからな……それがアイツらしさでもあるし、無理に変わってもらおうとでも思わないけどさ。
「ああ、それなら少し話していこうじゃないか。……もちろん、君たちの予定が許すのなら、だが」
「あんまり時間はとれないでしょうけど、次の区画に向かいながら話すくらいなら全然大丈夫だと思いますよ。……皆も、大丈夫よね?」
向けられた視線に、俺たち三人は頷きを返す。打ち合わせまでの時間は大事だけど、次の区画に向かいながら話をする時間くらいならあるからな。ネリンのアイデアの真相も気になるし、むしろここで遭遇できたのは幸運だったのかもしれない。
「それじゃあ決まりね。……クローネさん、変なことしゃべらないでくださいよ?」
「心得ているさ。……それでは、行こうか」
不安げなネリンの視線に微笑みで応えて、クローネさんは俺たちの横に並ぶ。この懇親会を支えたもう一人の重要人物との遭遇は、俺にとっても心躍るものだった。
もう一人の重要人物との遭遇は、パーティに何をもたらすのか!オウェルとの時間よりは短くなると思われますが、繰り広げられるやり取りを楽しみにしていただけると幸いです!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!ツイッターのフォローも是非お願いします!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!