第四百一話『最終日に向けて』
「……随分外も暗くなってきたな。積もる話をすれば、これくらいの時間がかかるのはまあ納得できるところではあるが」
「意外と皆話しそびれてた事情とかあったもんな……いつも通り話せている気がしてたけど、やっぱり別行動してる時間が長いってのはデカかったんだろ」
話題は全く途切れないまま、俺たちの打ち上げは夜になってもゆるゆると終わる気配を見せずにいる。全員が全員すっかりリラックスしきった結果とんでもなく緩い空気が流れているのが、この家では珍しくてなんだかおもしろかった。
「ねえアリシア、あの知識はもう研究材料として提供するつもりなの?もしそうなら相当大きな発表がありそうなものだけど」
「カガネの街に関する情報は、基本的に全面提供した形になるかな。さすがにひいおばあ様のことは明かせないし、その魔術についての研究データを譲渡するわけにはいかないよ。ひいおばあ様が研究以外にさして興味を示さないからいいものの、物欲を持った人にそれを悪用されちゃたまらないからね」
ぐでっとソファーに腰かけたまま問いかけたネリンに、アリシアが視線を上に向けながら答える。アリシアたちの制作の情報量は確かに途轍もなかったから、あれを活かせば新しい論文の一つや二つが出てきても何らおかしくはなかった。
「むしろここまでそれが明かされずに保持されてきたことが珍しいからな……そこはエルフの魔術がなせる技って感じか」
「あの書庫に繋がる道にはおばあさまお手製の隠匿術式が施されてるからね。一回でも道を間違えば延々ループする地点に転移させられる上に、入り口に戻されるまで五分くらいぐるぐるすることを強いられるんだってさ。そんなとこ、いくら泥棒でも行こうとは思わないよ」
「それはまた美しい術式だな……。無限に拘束するわけではなく、しっかりと追放まで行っているのが高得点だ」
「『流石天才の血を引いた人よね』ってお母さんも言ってたよ。ボクが先祖返りレベルで似ているだけで、お母さんは魔術的な素養を引き継いだわけじゃなかったみたいだし」
ミズネの賞賛に、アリシアもうれしそうに笑う。キャンバリーの手記曰く避けられる要因となっていたエルフの血も、素養的な意味では継いだ人たちに恩恵を与えているようだった。
「そう考えると、アリシアのところの店はすごく頑張ったんだろうな。あそこのお客さんの中でアリシアがエルフの血を継いでることに言及してた奴なんていねえし」
「ああ、そこに関しては冒険者の皆が優しくてね。むしろそういうのに厳しいのは冒険者を経験してない一般の人が多いというか、昔からこの街で商売をしてきてる人のが多いというか」
「現にパパとママはアリシアの血に関わる事なんて教えてくれなかったしね。まさかあんなにあっけらかんと肯定されるとは思わなくてびっくりしたわよ」
ため息を吐くネリンが思い返しているのは、屋敷探索の終盤に起きたあの一件だろう。どことなく……いや烈しくアリシアとダブるあの語り口から俺たちは真実にたどり着くことが出来たわけだが、それが無ければ最後の一ピースははまらないままだっただろうしな。
思えばあれももう二か月前くらいの話なわけだが、事の顛末は昨日のことのように鮮明に思い出せる。あの時はこうして四人でのんびりしているところなんて想像もできなかったんだから、巡り合わせってのはつくづく奇妙なものだ。
「……キャンバリーも、この祭りを堪能してくれてるかな」
そんなことを考えていたら、ふと俺の口からそんな言葉がこぼれてくる。この街の土台を作り上げた存在であり、この屋敷のカギを握る家主。この懇親会に関しては俺の悩みを解決する一助になった伝説のエルフは、この長い打ち上げの間でも現れなかった。
「さあね。楽しむにしても素性は隠してるでしょうし、あたしたちじゃ見つけられないでしょ。ひょっとしたらこの祭りの中ですれ違ってたりしてね」
「それはそれですごく面白いけど、どこかで研究に夢中になっていたとしてもひいおばあ様らしいから不思議な話だよ。この世のどんな疑問が解決されても、あの人のことばかりは誰にも読み切れないんだろうな」
「事情がどうであれ、感想があるのならばどこかでふらっと私たちのところを訪れるだろうさ。私が知っているキャンバリー・エルセリアとはそういうエルフだ」
キャンバリーの印象に関しては、俺たちの中で認識が共通しているような気がする。図鑑を持つ俺よりもともすれば多くの知識を持ち、ミズネにも劣らない魔力の才能を備え、アリシアのそれよりも鋭い直感と観察力を持ち得ながらネリンよりも負けず嫌いなのがキャンバリーというエルフだ。それだけ見れば一人で俺たちの上位互換というトンデモエルフなのだが、いまいちそれを脅威として認識していないのが不思議なところだった。
「土産話はたくさんあるし、アイツもそれで多分喜んでくれるでしょ。それより、そろそろ明日の予定の確認をしなくちゃじゃない? ここから忙しくなるだろうし、しっかり詰めておかないと」
「ネリンの言う通りだな。この場の雰囲気に流されてついついスルーするところだった」
ネリンの言葉に促されて、話題は明日のことへと向かっていく。明日も明日でぐるっとみんなの展示を回る予定はあったが、それよりも大事なことが明日の夜には待ち受けていた。
「大体一か月続いたボクたちの競争も閉会セレモニーでついに決着か。なんだか感慨深いな」
「ここまでスケールが大きくなるとは思ってなかったものね……何ならプレゼンのところで勝負は終わるとすら思ってたし」
「俺の提案が無ければ事実終わってたもんな。その場のノリってのは恐ろしいもんだ」
区画やら予算やらを四分割する苦労やらなんやらを考える間もなく、というかそんなこと知りもせずにあの時の俺は提案してたもんな。あの時の場に今の俺が舞い戻ったら、決断をするまでの間少し悩んでしまうのは間違いないだろう。……まあ、多分同じ選択をすると思うけど。
「そんな一大イベントがあるんだし、ちゃんと準備はしなくちゃね。……ほら、メモの準備は良い?」
ワクワクを抑えられないといった感じで、ネリンは俺たちにそう呼びかける。町全体を巻き込んだ俺たちの競争は、にぎやかに最終日を迎えようとしていた。
ということで、次回からついに懇親会編は最終日、クライマックスへ突入していきます!四人が仕掛けた制作の変化の出来はいかに、そして勝敗の行方はどうなるのか!楽しみにしていただけると幸いです!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!ツイッターのフォローも是非お願いします!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!




