第四百話『適材不足』
「一週間……そういえば、一番アンタが忙しそうにしてたのはそこだっけ。他は割と余裕そうな感じしてたけど、その間は帰ってくるたびに息を切らしてたもんね」
「そうそう、その間のお話だよ。……なんというか、研究を生業にしている人の現状を見たって感じだった」
当時を思い出すように上を向きながら話すネリンに、アリシアは大きく頷く。研究職の人たちが多く集まったのはアリシアたちの制作の方針的にもプラスのことに思えるが、どうも世の中そんなにうまくいくことばかりではないらしかった。
「ボクたちのチームは定例会で誰も指名しなかっただろう? 前話した通りそれには明確な狙いがあった訳だけど、それ以前に大前提があったんだよ。『まずこのチームメンバーだけで制作を安定して完成させられる』っていうね。チームの人数的にその算段も付いてたから、割と余裕をもって予定は組めてたんだ。……少しばかり読み違えた要素が、その予定を大幅に書き換えてきたわけだけど」
「……あー、なんとなく話は見えて来たかも……?」
「そうだな……。研究職の人って冒険者を経験しない人が多いっていうし、何が誤算だったかは大体想像がつく」
当時を思い出したかのように肩を落としたアリシアの姿を見て、俺とネリンは大体の事情を察する。ミズネも何か思いつくところがあったのか、何ともいえない表情を浮かべていた。
「勘がよくて助かるよ。……溜めた割にはしょうもないネタばらしだけどさ、体力がなかったんだよ。ボクの予想をはるかに飛び越えるレベルでね」
「研究は基本的に室内で、そして動かずに行うものだからな……。エルフはまた少し事情が違うが、人間の研究者に体力を求めるというのは中々に酷なものだろう」
「そう、そうなんだけどね……それでも三人いれば一人前くらいの作業量はできると思っていたんだよ。これでも大分配慮したつもりだったのだが、それでもなお足りなかったというのが現実でね。二日目にしてその事実に気づいたボクの焦りっぷりったらなかったよ」
「そりゃ焦るわね……かなりマージンを取ってたのにそれが全部なくなってるんだもの」
苦笑を浮かべるアリシアに、ネリンも同情するように首を横に振る。俺もタイムリミットに追われる時間を過ごしてきたから分かるが、上手くいくはずの予定が狂って完成図が不透明になっていく感覚ってのはどう考えても穏やかなものではなかった。
一店たりとも交渉に乗ってくれなかった時、背筋に冷たいものが走ったのは絶対気のせいじゃなかったからな。もしあのままタイムリミットを迎えていたらどうなっていたか……想像したくないからここらへんでやめておこう。
「ボクの計画をサポートしてくれた子がひとりいたんだけどね、その子も目を丸くしてその光景を見つめてたよ。研究とはあまり縁がないところからの参加だったから、そのあまりの非力さは想像が出来なかったらしい」
「知ろうと思わなきゃ中々知れる世界でもないもんね……。それで、そこからがアンタの苦労しどころだったってこと?」
「その通り。速攻でプランを組み直して、大体の力仕事をボクとその補佐の子が中心になって担当することにしたんだ。本来なら女性メンバーに任せるつもりだった小道具の組み上げの方に行ってもらって、その欠けた分を二人でカバーする感じだね」
「感じ……とは言っても、中々に無茶なことをしているような気がするんだが……」
「それがねミズネ、カバー出来ちゃったからまた問題なんだよ。研究者十人以上の労力は、一人の新人冒険者と一人の補佐が全力を出したそれよりも小さなものだったらしい。その分配置の仕方やら完成品の確認では活躍してくれたから、結局のところ適材適所という奴なんだろうけどね」
「今回はチーム分けの時点である程度の偏りがあったから、その適材ってやつがどこにもいなかったと。すべての研究者が非力ってわけじゃないにせよ、それは確かに致命的な読み違いかもな……」
ギルドに貼られている依頼書を見ると『フィールドワークの護衛』なんてのがあるのを結構見るし、この街の研究者は戦闘する人が少ないんだろうな。あるいは護衛って形のクエストがこの街からなくならないように滞在してもらってるなんてこともあるかもしれないが、そこらへんはどれだけ考えてもキリがないことだな。
「とにかく、製作速度って点ではアリシアたちが一番不利だったわけだ。緊急の組み換えがどこまで効果を為したかは分からないけどさ」
「今だから断言できるけど、当初の計画を履行しようとしていたら当然のように未完成のまま本番に突入していただろうね……ここら辺の判断速度は冒険者の経験が活きたよ」
「冒険者は柔軟にプランを変えていくことが重要だからな……それが出来て完成までこぎつけられたのならば、アリシアもすっかり冒険者としての考え方に染まってきていると言えるだろう」
「ほんと、褒め称えてほしいくらいだね……インドア派を自称していたボクがこの二か月で冒険者としてのボクに変わりつつあるってのはなかなか興味深い話でもあるけどね」
「もともとあたしよりも才能はあるんだから、やる気さえ伴えば結果は出るでしょ。アンタの方が上って素直に認めるのはなんだか悔しいけど」
そう言いながら、ネリンは三杯目くらいのジュースをグイッと飲み干す。正真正銘アレはノンアルコールのはずなのだが、その飲みっぷりはお酒を飲んでいるときのそれだった。
「なんというか、いい感じに場もあったまってきたな。四人だからできる話ってのがこんなにポンポン出てくるとは思わなかった」
「それでいいんじゃないか?私たちの間にタブーは無くていいし、語りたいならどこまでも語ればいい。幸い、時間はたっぷりとってあるからな」
その様子を見て呟いた俺に、ミズネが頬杖を突きながらそう答える。ネリンを見つめる表情は穏やかで、誰が見ても分かるくらいにリラックスしていた。
「なんだかんだ、完全に緊張が解ける瞬間ってのも中々なかったからね……ミズネ、ジュースのボトルはまだまだあるかい?」
「ああ、かなり大量に頂いたからな。今日は心行くまで飲んでのんびりすればいいさ」
空になったボトルを振りながら問いかけるアリシアに、ミズネは返事をしながらゆっくりと立ち上がる。ゆったりとした雰囲気が支配するこの空間は、ここまでの三週間のせわしなさの反動であるかのようにだらだらと時間が流れていた。
打ち上げだからといって何か出し物をしたり、必要以上に騒いだりすることもない。……だけど、俺たちにとっての打ち上げはこれがいいような気がした。
せわしなさから解放された四人のやり取り、いかがでしょうか。どうしても四人が揃う瞬間というのが準備期間中には不足しがちだったので、これからの展開で存分に補充できたらと思います、お楽しみに!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!ツイッターのフォローも是非お願いします!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!