第三百九十七話『喧騒から離れた我が家で』
「なんだかんだ言って家が一番落ち着くわねー……普段は不便だって思ってるけど、こういう時は町はずれにあるのがありがたいかも」
いつもの居間に着くなり、ネリンが背中からソファーに飛び込んでそのままずぶずぶと沈み込んでいく。疲れを隠しもしないその様子に俺たちは苦笑していたが、楽しさと同時にそれだけの疲労感が俺たちの間にあることもまた事実だった。
「街中は完全に別世界といった感じだからな……あれはあれで悪くないが、こうして落ち着ける場所があるというのも大事なことだ」
やはり基礎体力が俺たちよりも優れているのか、一番ぴんぴんしているミズネがキッチンに飲み物を取りに行きながら呟く。誰が言うでもなく率先して動いてくれることに感謝を覚えながら、俺とアリシアもソファーに体を投げ出した。
「いやマジでよかった……制作が完成してくれたのもそうだけどさ、それを楽しんでくれてる人の姿を直接見れたのが一番報われたような気がするわ」
「あ、それはあたしも分かるかも……。最後の最後まで悩み抜いた末に作り上げた物だから、それが評価されるってのはやっぱりうれしいものなのよね」
「それは多分皆が思っている事だろうね。何もかもが様変わりした懇親会がこうやって受け入れられて、大成功といってもいいほどの人をこの街に集めているんだ。……本当に、よくやったと思うよ」
アリシアのその言葉は自分に向けた物か、それとも自分自身に向けた物なのか。……多分、両方なんだろうな。ほぼ天井を見上げるような形にまで思いっきり寝ころんだアリシアの表情はよく見えないが、かろうじて見える口元はほころんでいるように思えた。
「去年までのスタイルがある程度受け入れられて久しい中、あえて様々な部分を変化させて今年に臨んだわけだからな。『変える』という行為は、無意識のうちに体力を消耗するものだ」
トレイに乗せて四つのコップを運んできたミズネが、俺たちの会話にそんな風な結びを付ける。いろいろな変化を経験してきたミズネの言葉だからこそ、そこにはしっかりとした実感がこもっていた。
そもそもエルフって種族が『継ぐ』種族だってのは聞いてた話だからな……。キャンバリーがあまりにも例外で、ミズネもそっちに近いタイプだってだけで。そんな風潮の中たくさんの変化を潜り抜けて来た経験は、一口でくくって語れるほどに短くはないだろう。
「何から何まで初めてづくしの中、こうやって完成にこぎつけただけでとんでもないことな気がするからね……ボクとしてはそこも驚きの一つだよ」
「チーム同士の競争って側面があった以上、あんまり何でもかんでも相談するわけにもいかなかったしね……。そう思ってた割には、皆しっかり話し合ってた気がするけど」
「俺の交渉の話とかな。あればっかは俺だけじゃどうにもならなかったから、そこは本当に感謝しかねえよ」
俺が交渉人(仮)みたいなムーブが出来たのは間違いなく皆のおかげだからな。誰にも相談できない状況だったら俺は多分延々と空振りを繰り返しっぱなしになっていたことだろうし、制作の完成自体も危ういことになっていたかもしれなかった。
「あのままだとヒロトがどこまでも落ち込んでくのは目に見えてたし、そうなったら勝負自体が危うかったからね。何回も言うけど、あたしは万全に仕上げて来た皆と戦いたいんだから」
誰かが不調なうえで勝ったって喜ぶに喜べないからね、とネリンは晴れやかに笑う。つまり今のこの状況は、ネリンにとっても理想的な勝負の場になってくれているわけだ。
「投票、どんな感じで進んでるんだろうな……中間発表はしない方針で進めたけど、今となっちゃあ気になって仕方がねえよ」
一日目しかいられない人のために投票は既に解放されていて、一日目と二日目の合計が懇親会の最後、閉会セレモニーで結果発表が行われる。それの結果を見届けて、俺たちは王都への出発準備を整えるといった流れだ。
「開会セレモニーがなくて閉会の時だけあるってのも変な感じではあるけどね。ま、懇親会自体の形式が変わったことに対する緊急措置だから仕方ないんだけど」
「むしろ迅速な行動と称えられるべきスピードだったからな。勝つにせよ負けるにせよセレモニーにしか答えはないのだから、そこを気にしていても仕方がないだろう」
「それもそうだな。……ミズネ、そのコップに入ってるのは?」
落ち着いた様子のミズネが運んできたコップの中には、俺の見たことのない飲み物が入れられていた。においとかの感じでお酒ではなさそうだが、色合いはまさにワインのそれだ。
「ああ、それは私が個人的に買い込んでおいたちょっと高級なジュースだよ。懇親会にまつわるあれこれが終わった後に皆で飲もうと思って取っておいた」
「粋なことをしてくれるねえ。この感じ、かなりいい素材を使ってるんじゃないかい?」
「そりゃけっこう値の張る物を選んで来たからな。私も飲んではいないから味について断言はできないが、巷で評判になっているくらいにはおいしいものだと言われているみたいだぞ?」
「へえ、俄然興味が湧いてきたわね。たくさんご飯は食べたけどその分喉も乾いてたから、このタイミングでの登場はホントにありがたいかも」
早く飲みましょ、というネリンの言葉に急かされるようにして、俺たちは用意されたコップを手に取る。誰からともなく顔を見合わせ、乾杯の一言を待っていたが――
「…………か、かんぱーい!」
「「「かんぱーい‼」」」
譲り合いなのか押し付け合いなのか分からない沈黙を破った俺に続いて、三人が勢いよくコップを掲げる。何とも締まらない打ち上げの始まりだったけど、まあそれはそれで俺たちらしいような気がした。
ということで、次回から本格的に打ち上げ開始です!制作を終えた四人がジュース片手に何を語るのか、楽しみにしていただければと思います!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!ツイッターのフォローも是非お願いします!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!