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第三百八十九話『空元気はいつの間にか』

「さて、そろそろ行きましょうか。あんまり長居して商売の邪魔になっちゃうのもアレだしね」


「そうだな。エリューさんの作品を見て、『ぜひうちの街でも』とか言い出す観光客とかもあり得るかもしれないし」


「まったく、口がうまいんだから。あたしみたいな老いぼれが何とかつないでるブランドに興味を持つのはよっぽどのもの好きだけじゃないかい?」


 俺たちの言葉に、エリューさんは手を大げさに振りながらそう答える。少なくとも俺としては全然あり得ない話じゃないと思っているのだが、エリューさんはどうやらお世辞だと受け取ったようだ。


 世界が違うから一概には言えないとはいえ、日本に持ち込んでも普通に受け入れられそうなくらいのクオリティはあると思うんだけどな……。エリューさんもまだまだ元気だし、ブランドとして受け入れられる土壌は整っている気がするのだ。


「それに、お弟子さんももしかしたら覚醒してるかもしれないし。……そうなったら、エリューさんが作った体系は四十年くらい安泰だな」


「あの子の師匠としては、さっさと脱皮してほしいくらいだけどねえ……だけどそうだ、もしそうなってくれたら今言ってくれたことも現実になるかもだ」


「きっとそうなるさ。今までいろいろな作品を見てきたことがあったが、ここまで洗練され、自分のスタイルが揺るがない職人はそう多くない。……いつか、エリューさんの作品は世界に羽ばたいてもおかしくはないだろうな」


 遠くを見ながらしみじみとつぶやくエリューさんに、ミズネが一歩進み出て堂々と断言する。これまでも度々感じてきたことではあるが、俺たちの何倍も長い時間を生きて来たミズネの言葉には、ミズネにしか出せない重みがあった。


 まだまだ元気とはいえもうすっかりおばあちゃんなエリューさんですら、ミズネよりも年下なんだもんな……その時間のうちかなりの割合を旅することに使ってるんだから、そりゃ重みをもつのも当然って感じではあるのだが。何も迷いもせず言い切るミズネの言葉は、傍から見ていても本当に心強かった。


「エルフさんにそう言い切ってもらえるのは嬉しい事だねえ。……年甲斐もなく、気合いが入っちゃうじゃないか」


「年甲斐とか考えてる時点でおばちゃんらしくないわよ。今回のをきっかけにお弟子さんが力をつけてきても、お店を譲ったりしないで二人でずっと職人であり続ければいいじゃない」


 困ったように笑うエリューさんに、ネリンはカウンターに身を乗り出しながらそう提案する。その案が意外だったのか、珍しくエリューさんは目を丸くしていた。


「……そうだねえ、隠居にはまだ早いか。弟子が育つまではって、老いぼれの体にムチを入れてきたつもりだったんだけど。『まだまだ十年はいける』なんて空元気も、言い続けてみるものだ」


「今までできたんだから、明日になって急にできなくなるなんてことはよっぽどないわよ。カウンターに座ってるおばあちゃんともっと話したいって人、あたし以外にもきっといるだろうしね」


「そうだな!俺はまだ知り合って日が浅いが、エリューさんとはとても話しやすい!」


 ネリンの笑みに、オウェルさんも勢いよく同意を示す。あちこちからの熱い声援に、エリューさんはゆっくりと目を閉じた。


「……あたしの仕事は、ここまでたくさんの人に背中を押してもらえるところにまで来たんだねえ。あの場所でひっそりと商売を始めたのが懐かしいよ」


「何年前の話よ、それ。少なくともあたしが生まれた時にはもうおばちゃんはすっかり人気のアクセサリー職人だったでしょ?」


 しみじみとつぶやくエリューさんに、ネリンがくすりとわらいながらそう茶々を入れる。それにつられてか、エリューさんも口元にふっと笑みを浮かべた。


「ああ、ネリンちゃんが生まれるより前からあたしは長い道のりを歩いてきたんだ。……それなら、もう少しだけ歩くのだってできないわけがないか」


 そう口にするエリューさんの目には、確かな光が宿っている。それは今までエリューさんを突き動かしてきたものとは少しだけ違う、今まで考えていなかった展開を見据えた物のような気がした。


「皆、こんな老いぼれのためにわざわざありがとうねえ。若い子たちの力、存分に浴びさせてもらったよ。こりゃあ本当にあと十年で来てもおかしくないくらいだ」


「十年だけじゃなくて、もっと長く現役であってくれてもいいのよ?おばちゃんが現役であるうちは、ちょくちょくカウンターまで立ち話しに行くから」


 力こぶを作って見せるエリューさんに、ネリンが少しだけ冗談めかしてそう返す。それに対してエリューさんが無言で肩を竦めると、俺たちの間に笑みが起こった。


「まあ、やれる限りのことはやりつくすつもりだけどね。せっかくこんなに応援してもらえたんだ、十年ぽっちじゃもったいない」


「長生きのための知識だったらボクがいくらでも提供するよ。積み上げた技術を、どうか少しでも長く皆に見せつけ続けてくれ」


 アリシアの協力宣言に、エリューさんが勢いよく頷く。それがきっかけとなって、俺たちは仮設店舗の出口へと歩を進めた。去り際の会話だったつもりが、気が付けばまた話し込んじゃってたしな。どこかで区切りを付けないと、日が暮れるのも忘れていつまでも話し続けてしまいそうだ。


「エリューさん。本当に、いろいろとありがとうございました」


「それはこっちのセリフだよ。……これからも、あたしたちの店をどうぞごひいきに」


 満面の笑みを浮かべながらの宣伝文句に、俺は深々と頭を下げることで応える 迷いながらも進めていった俺の計画は、どうやら色々な人にきっかけをもたらせているらしい。……そのことが、俺は妙に嬉しかった。

次回、まだまだ屋台巡りは続きます!もう一つのセールスポイントであるレストランはどのような形で成立しているのか、楽しみにしていただけると嬉しいです!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!ツイッターのフォローも是非お願いします!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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