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第三十八話『胸に残ったもの』

 息が切れるのも気にせずに走り続けながら、俺は図鑑と森の景色を交互に見比べる。そして、出口につながるルートを指さして、大きく息を吸い込んだ。


「……こっちです‼」


 ミズネさんが凍らせた森の魔獣たちは、今でも死んだかのようにその動きを止めている。今はまだ余裕があるようだったが、それもいつまで持つかは分からない。そう考えると一分一秒が惜しかった。


「ねえ、まだ出口につかないの⁉あたしたち結構走ってる気がするんだけど!」


「えーと、もう少しだ!もう少し走れば最初の空間につく!」


「もう少しってさっきからずーっと言ってる気がするんだけど!」


「あまり叫ぶな、息が切れるぞ!」


 ネリンが焦りからか叫びだすのを必死に諫め、俺たちはなおも走り続ける。凍り付いた森の景色は様変わりしていてそれはそれで綺麗だったような気もするが、俺たちにそれを鑑賞している余裕はなかった。


 森の中を無我夢中で走り続け、右へ左へくねくねと蛇行しながら正解の通路を突き進んでいく。慎重に進めばなんてことはない地形だが、こうやって走っていると走行距離が長くなるような作りになっていることに気が付く。正解ルートが一直線に並ぶことのないそれは、俺たちの体力を明らかに削っていた。


――でも、それもついに終わりだ。


「……最後、ここを右‼」


 全力で叫んで、最早感覚がなくなりつつある足を全力で前へと動かす。もう何分走っているかは分からないが、凍り付いた森の機能が復活する様子はなかった。その幸運とミズネさんの実力に感謝しながら、俺は最後の通路に向かって全力で駆けだして――


「「「…………着いたああああああ‼」」」


 最初に入ってきた広場に帰り着いたのを確認した瞬間、俺たちはそう叫びながら地面に倒れ込んだ。


「死ぬかと思ったわよ……ほんと、ミズネさんの魔術様様って感じね」


「なに、ちょっと周囲の魔力を使わせてもらっただけさ。それよりも、私たちが褒めるべきはヒロトの方だろう。……本当に、君には感謝してもしきれないよ」


「俺がしたのはほんの手助けですよ。それだって、二人の足止めが無きゃ完遂できなかったんですから」


 もう動けないといった様子の二人が、寝ころんだままで俺に賞賛の言葉を投げかけてくる。二人とも戦闘してすぐにあれだけの距離を走ったんだもんな……走った時間的にはきっと二、三キロは優に走っているだろう。俺も俺でよく走り切れたと自画自賛したいくらいだからな。きっとあれがランナーズハイってやつだ。


「……ここは間を取って、みんなのおかげということにしておこう。……それが事実に最も近いだろうからな」


 謙遜しあう空気の中で、ミズネさんが締めくくるようにそう言った。俺たちもそれに同意して、しばらく無言の時間が三人の間に流れた。


 しばらく森の中にいてそれが見えなかったせいか、視界に広がる青空がやけに綺麗だった。まだ日が沈んでいないあたりを見ると、俺たちの冒険は割と密度の高い出来事だったのかもしれない。


「いやー………………大冒険だったな……」


 それでも、気づけば俺の口からはそんな言葉がこぼれていた。


「そうね……ほんと、波乱だらけの大冒険だったわ」


 俺の言葉に同意しながら、ネリンも空気が抜けたような柔らかい声色でそう続く。一応ここもまだ迷いの森の中ではあったが、ここまで追っ手が来ないことがありがたかった。


「……そうだな…………久々に、手放しで楽しいといえる冒険だった」


 俺たちに続くようにして、しみじみとミズネさんが言う。気の抜けたようなその声色は今までに聞いたことが無くて、でもきっとこれが素なんだろうなと、そう納得できるくらいには自然だった。


 今までずっと妹さんのためにって気を張ってただろうからな……無理だって思われてた薬草を取ることに成功したんだ、そりゃ気も抜けるってもんだろう。


「……そうね……なんだかんだあったけど、楽しかったかも」


 フフッと笑いながら、ネリンがこの冒険をそう振り返った。一番つべこべ言っていたのがネリンな気もするが、それでもアイツはアイツなりにこの冒険を楽しんでいたらしい。


 じゃあ俺はというと、こんなにハラハラさせられるとは思ってなかったってのがまず正直なところだ。図鑑があったから楽勝だと、そう高をくくっていた罰が当たったって感じか。


 ……まあ、それも踏まえていい経験であったと今は言えるけどな。これからは図鑑の知識だけじゃなく自分の目で見た者も大事にしなくちゃいけないってわけだ。百聞は一見に如かず……なんて、古代の先人は途轍もない正論を言っていたんだなと、異世界に来て俺は初めて痛感した。


 とまあ、学びもハラハラもたくさんあった今回の冒険なわけだが、振り返ってみると……



「そうだな…………俺も、楽しかった」



 あれやこれやと話しながら迷いの森へと向かう旅路は賑やかで楽しかったし、三人で協力して苦境を突破できた時の達成感はすさまじかった。今こうして動けなくなるくらいには疲れているわけだが、それも含めていい財産だ。


――異世界に来てよかったと、俺はこの冒険を通じて初めて胸を張って言えるようになった気がした。こんな経験、日本で天寿を全うしてたら絶対にできなかっただろうからな。


「そうか……そう言ってくれると、私もうれしいよ。……君たちを守り切れて、本当によかった」


 俺たちの言葉に、ミズネさんは安堵したようにほっと息をつく。巻き込んだ側としての責任というのも、やっぱり多少ならずあったのだろうか。そんなに気負わないでもいいのにとは思うが、その気質も含めてきっとミズネさんの根幹なのだろう。


「……さあ、日が暮れないうちに動き出してしまおう。……二人とも、立てるか?」


 ミズネさんがすっと立ち上がり、俺たちに向かって両手を伸ばす。その手を取って立ち上がると、ミズネさんは改めてといった感じで深々と頭を下げた。


「本当にありがとう。君たちの協力が無ければ、きっと私は迷いの森にとらわれていたことだろう。このお礼は、いつか必ず形に残るものでさせてほしい。……欲しいのだが、それはそれとして」


 毅然とした態度で俺たちにお礼を告げていたミズネさんだったが、突然照れ臭そうに頬を掻き始める。まるで迷っているかのようにしばらく目線を泳がせていたミズネさんだったが、やがて決心したかのように大きく息を吸って――



「……今から君たちと一緒にエルフの里に向かいたいのだが、かまわないだろうか」



 ……と、少し緊張した様子で俺たちにそう提案してきたのだった。

ということで、迷いの森編は決着しましたが、ヒロトの異世界生活二日目はまだまだここからが本番です!一難を乗り越えた二人に何が待ち受けるか、次回からの新展開をぜひお楽しみに!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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