第三百八十二話『実力通りの評判』
「……そういえば、ネリンが何か屋台周りのことについて交渉していたなあという記憶はあったが――」
「まさかこんな形で解決してくるなんてねえ……まったく驚きだよ」
他の区画から移動してきたその屋台は、今や制作の一部であるかのような自然さでネリンたちの区画に溶け込んでいる。その屋台に凝らされた意匠がクローネさんたちのアイデアによるものであることは、遠目から見ているだけでもはっきりと分かった。
「それにしても、やっぱり相当評判になってるみたいね……まさかこんなに並ぶことになるなんて」
「やはり実力は十分だった、ということなのだろうね。隠れ家的な店というのは、ふとしたきっかけがあれば一気に跳ねたりするものだし」
屋台に並ぶ俺たちの前には、すでに十五人くらいの列ができている。俺たちの後ろにももうたくさんの人が列をなしており、区画の中に小さな行列が発生していた。
「しかも今回は持ち帰りの商品に限定してるんだろ?それでこれなら本当にすげえよ」
「持ち歩けるという要素がこの売り上げを後押ししている、という観点もあるがな。見たところ串焼きを中心に販売しているようだが、これほどまでに食べ歩きに適した料理も中々ないだろう」
なるほど、そういう考え方もあるのか……。ミズネの知見を聞いて、俺は内心うなってしまう。まあ、普段あまり作っていない料理で評判を高めている店主が一番すごいのはもはや言うまでもないのだが――
「肉料理にしては、列の回転も早いわよね。これなら待ち時間も少なくて快適そう」
「そうだね。道具にはこだわってるらしいし、調理に使っているグリルは相当高価な魔道具だったりするんじゃないか?」
一人で回しているというのにその手際にはまったく無駄がなく、すいすいと俺たちは順番に向かって歩みを進めることが出来ている。オーダーを受けてから焼き始めているということもあって、そのすごさはより際立っているように見えた。
「いらっしゃい……って、アンタたちかい。店はありがたいことに大繁盛だよ。夜の屋台にも人が流れて来やしないかって少しビビってるくらいだ」
そのペースは途切れることなく続いていき、遠いと思われた俺たちの順番もあっさりとやって来る。四人で横並びになった俺たちの姿を見て、店主は驚いたように目を丸くした。
「街の人も並んで買ってるもん、きっと少しは増えるわよ。串焼き四つ、お願いしていい?」
「勿論さ。今から焼き上げるからちょっと待ってな!」
ネリンの注文に威勢よく答え、事前にある程度仕込んでいたのだろう串焼きをグリルの上へと乗せる。予想外の来客に驚きながらも、その手は止まる瞬間がなかった。常に何かしらの作業をし、それでいながら接客もこなすのは流石プロって感じだ。
「そのグリル、本当に性能いいわよね……。仕込みもかなりしっかりやってるみたいだけど、それにしたってすごくいい焼き上がり方してるみたいだし」
「ああ、これはうちに代々伝わる道具だからね。アタシたちの先祖は魔術の研究をしていた領主様のお抱えシェフだったらしくて、その働きの礼として屋敷を離れる時に譲り受けたのがこれって話を聞いているよ。なんでも世界に一つしかないものなんだと」
「礼として……ということは」
「世界に一つってあたりを見るに、状況証拠だけで十分すぎるな……」
店主の言葉に、俺たち四人は一人の人物を思い浮かべる。魔道具に対して誰よりも真摯なアイツならば、確かにこれくらいのグリルを作ることは造作もないだろう。……というか、意外と律儀なところもあったんだな……。今度会ったらそれとなく聞いてみることにしよう。
「それならあと二百年は壊れないから安心ね。きっとこれからも、料理の質は安泰よ」
「二百年とは大きく出たね……。まあ、もうすでに百年くらい保ってるらしいからあながち冗談じゃなさそうだけどさ。そら、焼きあがったよ」
ネリンの唐突な断言に困惑しながらも、店主は四本分の串焼きを俺たちに差し出してくる。しっかりと焼き色が付いたそれは、香ばしい香りを伴って俺の食欲をこれでもかと刺激してきていた。
「貴方の肉料理には本当に外れがなさそうだな。……これはお代だ、受け取ってくれ」
「ちょうどぴったりだね。毎度あり、また夜の屋台にも来ておくれよ!」
店主の言葉を受けながら、俺たちは足早に列を離れる。もう少し雑談したいところではあったが、列がどんどん伸びていく以上そうもいかないからな。
去り際に少し振り返ると、店主は休む暇もなくてきぱきと手を動かしていく。ともすれば品切れも有り得そうなレベルにまで行列は大きくなっていたが、それに関しては店主を信用していくしかないだろう。
「いやあ、まさかこれほどまでに評判になっているとはね……予想外というか、ある意味これが正常ともいうべきか」
「どちらかといえば後者でしょうね。あの腕前とおそらく世界最高の調理道具があって評判にならない方がおかしいのよ」
「不慣れな串焼きってジャンルでここまで人を呼べるんだもんな……本格的に腰を据えて営業してたら、懇親会の勝者は間違いなくその屋台がある区画だったよ」
人でにぎわう屋台を遠目に見ながら、俺たちは半ば感嘆するように言葉を交わす。胃袋を掴むということがどれだけ集客において大きい要素なのかを、目の前の光景がこれでもかと証明していた。
結果的に、移動屋台という形に収まったのは本当に良かったと言えるだろう。今の盛況っぷりを見るに、アレはどう考えてもバランスブレイカー以外の何物でもなかった。
「なんにせよ、とりあえず実食と行こうぜ。せっかくの焼き立てが冷めるのも嫌だし」
「そうね。冷めてもおいしいでしょうけど、せっかくなら最高の状態で――」
俺の提案に三人は頷くと、俺たちはいっせいに串焼きにかぶりつく。口の中で肉汁とともに広がるうまみに表情が自分でも分かるくらいに緩み、噛むたびに幸せが体全体にしみわたっていくかのようだ。そしてそれは、他の面々も同感のようで――
「「「「うまいっ‼」」」」
太陽も少し傾きだしてきた昼の町並みに、俺たちの歓声が重なって響いた。
四人の懇親会探訪も、一日目のラストが近づいてきてまいりました!色々と変化する二日目もあるのでまだまだ懇親会自体は続いていきますが、四人の制作凡てがお目見えするまでもう少し、皆様お付き合いいただければなと思います!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!ツイッターのフォローも是非お願いします!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!