第三百八十話『ネリンが得たもの』
「あたしはあくまで補佐っていう役割でしかなかったから、どこまで踏み込んでいいかが最初は分からないかったのよね。クローネさんは確固たる理想を抱いている人だし、明確なゴールが存在してる。……そこに、あたしが介入する余地なんてあるのかって思ったこともまああったわ」
「そういう意味では俺と対照的だよな。ふらふらしながらも理想に向かって突き進んでいくオウェルさんを俺たちメンバーが具体案でどうにかフォローしながら進んでいくってのがチームの基本姿勢みたいなところあったし」
まあ、二週目はオウェルさんが唐突に持ち込んで来たアイデアに思いっきり振り回される羽目になったわけだが。どちらの方がいいかという議論は不毛なのでおいておくとして、同じ補佐という役割についた俺とネリンの間でも、そこには確かな差が存在していたようだ。
「ま、そこは私が割り切らないといけないところだったんだけどね。……多分、そのことにはあたし一人じゃ気が付けなかったと思う」
「ということは、やっぱりどこかで転機があったと。前々から思っていたことだが、やはり人脈というのはここぞという時に凄まじい力を発揮するものだね。もっとも、ネリンのそれは長い時間をかけて作り上げた物だからどうこう言う気にもならないが」
「そうよ……って言い切るのは、少し傲慢すぎる気もするけどね。あたしのつながりはママやパパの影響もあって、小さいころに結ばれた縁が今でも続いているって感じだし」
「それが切れない、ということがネリンの人柄の証明なような気もするがな。長い時間を生きてきた身からすれば、子供のころに知り合った縁というのも割と些細なきっかけで切れたりするぞ?」
「……そういうものなの……? そうなんだとしたら、あたしはとことん運が良かったってことにもなりそうだけど」
ミズネの言葉に、ネリンは首をかしげている。あの様子を見るに本気でそう分かっていないみたいだが、俺としてはミズネと同意見だ。図鑑に対しての情熱を語った瞬間に身を引いていった友達の数、両手両足の指を使って数えても溢れるくらいだったからな……。
「人の縁というのは強いように見えて、とある一点においては非常にもろかったりするものさ。例えば、ボクがエルフの混血だと知った瞬間に離れていく人がいるようにね」
「……あ、なんか悪い事言い方しちゃった……。その、アリシアが運が悪いとかじゃなくてね?」
「分かっているよ。ボクはこの家系に生まれたことを後悔していない。少なくとも今は、さ」
ワタワタと両手をアリシアに向かって振るネリンの様子を見て、当の本人は楽しそうに笑う。急な反応にネリンは不服そうだったが、アリシアが現状を後悔していないであろう一番の理由がそのことに気が付いていないのはどこか面白かった。
「……まあ、その話はまた今度にするとして。とにかく、三週間前のあたしのままじゃ今日の結果にはたどり着けなかった。……そのためのヒントをくれたのは、クレンよ」
「……ああ、だからあの時何ともいえない表情をしていたのか」
クレンさんの名前が出てきた瞬間、ミズネの中で何かのつじつまが合ったらしい。それに引きずられるように俺も記憶を引っ張り出してみると、そういえば王都行きが決まったあの日のネリンはどこか複雑そうな表情をしていたような気がしないでもなかった。
あの時のクレンさんは確かに普段より忙しそうだったが、それが懇親会絡みだなんてことはちっともわからなかった。よく考えてみたら、街の機能が少しだけ鈍り、新人の受け入れも少なくなる期間のクレンさんが一番忙しそうに見えるってのもおかしな話だよな……。
「『ちょっと用事が忙しい』だなんて言って見せるんだからね……。確かに大っぴらには言えないでしょうけど、なんかかっこつけてるみたいに思えちゃって」
「本当はネリンのために時間を割いていたのに、それを微塵も感じさせなかったのが複雑だった、と。……もっと活躍を主張してほしかったのかい?」
「本音はね。そっちの方がたくさんお礼もできるし、ちゃんと貸し借りもゼロにできる。……やっぱり、もらいっぱなしは性に合わないのよ」
「……そういや、お前は初めて会った時にもそんなこと言ってたっけ」
マルデロ平原で俺がキヘイドリを引き付けていた時に、ネリンはそんな感じのことを言って俺のことを助け返してくれた。当時の俺からしたらそこまでしなくてもといった感じに思っていたが、今になって振り返るとあの選択肢がとてつもなく大きな分岐になっているような気がするな。それが無きゃその後のカガネ観光も無くて、つまりミズネと出会うこともないわけで。
変わったとは言ったものの、やっぱりネリンの本質は変わっていないのだろう。困った人をほっとけないところとか、ちゃんとお礼はしなきゃいけないって思ってるところとか、だけど少し見えっ張りなところとか。本人がどこまで自覚しているかは分からないが、その気質こそが人との縁を切らずにいられる一番の要因なようにも俺には思えた。
「まあ、あいつへのお礼はまた別途で考えるとして。……クレンの助力もあってクローネさんとたくさん話すようになって、あたしは気づいたの。『たとえ近づきにくいところでも、時には踏み込んでいかないといけない』ってことにね。理想がどれだけはっきりしていても、そこに疑問を感じたなら、踏み込んでいくことを恐れちゃいけないんだって分かった」
「まあ、理想というのはある種脆いものでもあるからね。それしか見えなくなった人物がどうなるかは、ボクたち全員が知っている事でもあるし」
「屋敷のアレはかなり極端な例ではあるけどね……とにかく、それが分かったからこそ私たちは考えをすり合わせられるようになった。その道中でいろんなものが削れたり、反対に思いもしなかったものが生まれたりもしたけど……」
そう言っている途中、俺たちは区画の中心部へと到着する。そこでネリンはくるりと俺たちの方を振り返り、いつも以上に強気な笑みを浮かべると――
「その結果、こんなにいいものが出来た。間違いなく、今のあたしたちの最高傑作よ」
そう、自信満々に断言してみせた。
ネリンの辿ってきた三週間の結晶、それはヒロトたちの目にどう映るのか!懇親会一日目も折り返しに差し掛かっていきますが、まだまだ盛り上げていきますのでどうぞお楽しみに!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!ツイッターのフォローも是非お願いします!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!