第三百七十九話『カガネがたどった旅路』
「……とまあこんなわけで、カガネの街は『駆け出し冒険者たちの街』という評判を確固たるものにしたってわけさ。他のところでもこの街のスタイルを真似しようって動きすら出てきているくらいだし、その信頼は推して知るべしだ」
ニ十分ほどの講釈を終え、アリシアはひときわ大きく息を吐く。まるで一つの講談のようにきれいなまとめ方をされていたその語りに、俺たちは思わず拍手を贈った。
「いやあ、思わず聞き入ってしまったな。ニ十分も時間が経っていたことが信じられないくらいだ」
「かなり駆け足で情報を流し込まれたはずなのに、全然そんな気がしないんだものね……アリシア、アンタこんな技術いつ身に着けたわけ?」
「ショップ店員の本懐は人とのコミュニケーションにこそある。そこで何年も過ごしていれば、自然と言葉を紡ぐ能力は上がっていくものだよ。……まあ、ボクの場合はもともと話し好きだったことも大きいんだろうけどさ」
どこか照れくさそうに、アリシアは自分の語り口のルーツをそう語って見せる。そういえば俺たちとの初対面でもたくさんしゃべってたもんな……。あの時はまさか俺たちと冒険を共にすることになるだなんて思ってもいなかったわけだから、本当に人生とは何があるか分からないものだ。
「それでも、これに関してはかなり練習したよ。ボクは今回、皆に歴史を伝える役割を果たさなくちゃならなかったからさ。できるだけ端的に、しかし機械的な語りにならないラインを考えるのにはさすがに骨が折れた」
「そういや、メンバーに向かって授業みたいなことをしてるって情報もあったもんな。アレはメンバーとの情報共有兼お前の練習でもあった訳だ」
「そういうこと。いかに僕が持っている情報を歪めずに伝えるかってのは大事だからさ。歴史を知ってほしいと作り上げた僕たちの展示が、その歴史を間違って伝えてしまっては本末転倒だろう?」
「まあ、それを言い出すと最初っから本末転倒はしてそうなんだけど……ま、それとこれとは別か」
アリシアの問いかけにネリンはもにょもにょと口を動かしたが、しかしそれを振り払うように首を横に振る。ネリンの言いたいことは分からないでもなかったが、それに関しては答えはとっくに出てたしな。この街の起源が隠れたところで、その街が歩んできた歴史が歪んでしまう訳でもないし。
「しかし、ここまで繁盛している商店街ですらも歴史的には中期あたりのものだとはな……。この街が発展の軌道に乗るまでがいかに長く、そして厳しいものだったかが伺えるよ」
「それに関しては本当にそうだね。この街の存在が広く認知されだしたのは、この街から巣立っていった冒険者が増え、そして彼らが揃って結果を出し始めてきたころのことだったから。『世界に羽ばたく冒険者の卵を守り、育てる』というコンセプトは、もともと実現までに時間のかかるものだったのさ」
「それに、ただの偶然って思われる可能性だってゼロじゃなかったわけだもんね……それが信頼に変わっていくためには、もっともっと時間をかけなきゃダメなわけだし」
「そういうこと。いかに正しい理念を掲げても、それが浸透し、言葉だけのものではないと信頼されていくまでにはどうしたって時間がかかるんだ。そこらへんは、信用が一番の財産といわれる商売にも似たものを感じるね」
今となっては遠く離れたカガネ初期を示すオブジェを見やりながら、アリシアはしみじみとそうつぶやく。商売を例に出したのが聞いたのか、ネリンもより深く納得したようにうなずいていた。
俺もカガネについて図鑑で軽く情報をさらったことはあったが、その時はここまで深く事情に触れていなかった。当時の俺が求めてたのは現在のカガネに関する情報だったわけだから、まあそれも仕方のない話ではあるのだが――
「過去を知るって、やっぱり大事なんだな。今まで見てきた景色が、少しだけ違って見える」
「だろう? 古い事を紐解いていかなければ見えてこないことだってある。……それを知るのが、ボクは最高に楽しいと思うんだよ。それはきっと、今も昔も、そしてこれからも揺らがない」
「ほんっと、アンタはいつでもどこでもブレないわよね。そこまでしっかりした芯があるの、私は本当に羨ましかったわ」
「……過去形で語るってことは、今はそうでもないのかい?」
「そこは心境の変化ってヤツ。私だって、この一ヶ月でいろんなことを知って、新しい景色を見てきたんだから」
試すようなアリシアに対してネリンはそう断言し、誇らしげに胸を張って見せる。幼馴染のその変化に、アリシアは目を丸くしていた。
「……本当に、君はどこまでも成長していくね。二か月前のあの状態から戻ってこれたこと、本当に嬉しく思うよ」
「あの時のことはあまり掘り返さないでいてくれると嬉しいわね……。あたしと一緒に冒険者を目指してた最後の一人まで挫折しちゃって、ちょっとだけ心折れてたのよ」
「挫折だってたまには必要さ。それを恥じる必要も、意識して思い出さないようにする必要もない。……それらの経験の上に、今のネリンはあるのだろう?」
「……そうね。ミズネの言う通りかも」
ミズネの問いかけが胸にしみたらしく、穏やかな表情でネリンは頷く。それを見て、ミズネは満足そうに目を細めていた。
「そんなわけで、そろそろボクの区画を回る時間は終わりかな。明日になればまた少し変わるところはあるけど、それはまた明日回ることになるだろうし」
「そうね。次はあたしの区画に向かうので大丈夫?」
区画分けの地図を見ながらの確認に、俺たち三人は頷く。ネリンの区画をめぐってから俺の区画にたどり着くことでちょうど時計回り、俺たち四人の制作をすべて見届けたことになる形になりそうだった。
「楽しみだな。……ネリンがどんな形でクローネさんの思考と共存したのか、見せてもらおうじゃないか」
「ええ。……あたしが少し変わったってこと、それを見てもらえば分かると思うわ」
その言葉とともに、ネリンが俺たちの先頭に立つ。三週間かけて作り上げた物を見て回る俺たちの観光は、後半戦に突入していこうとしていた。
ということで、次回からはネリンたちの制作がお目見えしていきます!ある意味一番奮闘していたともいえるネリンの制作がどのような形に落ち着いたのか、皆様楽しみにしていただけると嬉しいです!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!ツイッターのフォローも是非お願いします!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!