第三百七十八話『優先したいもの』
「まるで博物館だな……歴史的な発掘物とかはねえけど、この制作を見るだけでそんな感じがする」
「そうだね。この街の歴史は特定のものじゃなく、その街の人々が作る文化とともに物語られるべきものだからさ。なんせここは冒険者の街だろう?」
展示を見て思わずうなる俺を、アリシアが隣で見つめながらそう語る。そう語る通り、制作の周りには冒険者を模した像がかなりの数置かれていた。
「冒険者って職業が認められるまでずいぶんと時間がかかったって話だしね……。それに加えて駆け出しの冒険者に視線を向けた街だなんて、変わった街だって思われてもしょうがないし」
「ネリンの指摘の通りだよ。事実、この街がにぎわいだしてきたのは結構最近のことだ。……ほら、ちょうどここらへんだね」
展示が並んでいるところを歩いていると、確かにある部分を境にして街の様子が明らかに変わっている様子が見て取れる。それをさらに強調するかのように、小さな石の台がそこに置かれていた。
「アリシア、これは?」
「ああ、それは大まかな説明が書かれた石碑みたいなものだよ。あまり歴史に親しんだことが無い人にも楽しんでもらえるようにかなり細かく説明したのだが、ボクがついている君たちには必要ないだろう?」
「歴史に関することなら大体アンタの頭の中に入ってるもんね……それなら気にする必要もないか」
「本当ならボクが全員に説明してあげたいところなんだけどね。生憎、そうすると君たちとこの祭りを回れなくなってしまう」
体が一つしかないとは厄介なものだね、なんてアリシアは冗談めかして笑ってみせる。やりたいことが多すぎるというのは確かに困りものだが、ネリンはその言葉に相当驚かされているようだった。
「……アンタのことだから、皆に知恵を授ける方を優先するかもってちょっとだけ思ってたんだけど。少なくとも二か月前までのアンタだったら、確実にそうしてたわよね」
「否定できないね。そもそもあの時のボクが懇親会に出張ること自体が有り得ないからこの議論はナンセンスだけど、当時のボクは知識以上に優先するものを持ち合わせていなかったからさ」
「つまり今は違う、と。優先したい仲間であれていることは光栄だな」
鋭い追及に苦笑しながら返したアリシアに、ミズネが嬉しそうな笑みを向ける。そこまでド直球な感情を向けられるのは流石に予想外だったのか、それに対してアリシアは珍しく口ごもった。
「……人は変わるものだからね、こういうこともあるってことだよ。……それに一番驚いているのは、おそらくボク自身だろうけどさ」
「アタシだって驚いてるわよ。あたしとしか遊びたがらなかったアンタの交友範囲、この二か月でどれだけ広がったっていうの?」
「……どうだろう、ざっと十倍くらいには広がった気がするね。好奇心旺盛なことを自覚しながらここまで面識の少ない人が多かったのかと思うと、まったくボクの視野の狭さには笑うしかないね」
たははと力なく笑いながら、アリシアは展示の間を行ったり来たりし始める。次はどこを語ろうかと品定めしているようなその様子は、歴史への思い入れの深さを感じさせるものだった――と言っても、タイミングがタイミングだから俺たちに表情を見られまいとしているってのが本音かもしれないけどな。どっちかって言うとこっちの方が有力そうだ。
「……こう見ると、色々な形を経てカガネは今に至っているのだな。スタートラインがどうであろうと、今の形がよいものであることに変わりはないが」
「それはそうだね。歴史がどうであろうと、それが素晴らしいものにマイナスの付加価値になることは無い。……ひいおばあ様たちが作り上げたこの街も、なんだかんだで当初の役割を果たせているわけだしさ」
そう言うと、アリシアは展示の左端に視線を向ける。そこには、簡素な壁に囲まれたカガネの原型がひっそりと形にされていた。
あれから今に至ってると思うと、なんだか感慨深いな……そこから門が豪華になったり街の中が整備されたり、色々な形を経て今があるわけで。そこまでに起こったいろんな問題とかも全部飲みこんで今のカガネがあると思うと、なんだか不思議な感じだった。
「ほんと、歴史ってどっちに転ぶか分からないわよねー……。オーウェンの理想が叶ってたとして、それがこの街にとって本当によかったかは分からないわけだし」
「それを検証できるのはそうなった世界線の人々だけだろうな。パラレルワールドって感覚が、こっちの世界にもあるかは分かんねえけど……」
「ぱられるわーるど……また私たちの知らない言葉が出て来たな」
「それが何を意味するかは分からないが、きっと面白そうな考えだとボクの直感が告げているよ。……その話、また後できっちり聞かせてもらうからね?」
「あ、ああ……。上手い説明考えとくから、楽しみにしててくれ」
何の気なしに発した言葉に予想外の食いつきがあり、身を乗り出してくるアリシアにのけぞりながらも俺はそう答える。神様がいるからそこらへんもあり得なくはない話なわけだけど、果たしてどう説明したもんかな……。
「楽しみが一つ増えたところで、ここからは本格的な講釈と行こうか。この街がいかにしてできているか、しっかりと刻み付けておくれよ?」
「ああ、しかと勉強させてもらうよ。何せここは、私にとって忘れられない街になるだろうからな」
ミズネの返事を聞いて、アリシアは嬉しそうに笑って見せる。軽やかな足取りで展示をたどっていくその後ろ姿を、俺たちも足早に追いかけた。
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――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!