第三百七十五話『伝えたかったこと』
「やっぱり人でにぎわってるわね。あちこちの屋台にも人が並んでるし、大盛況って感じ」
「そうだな。……とりあえず、一安心だ」
カフェがあった通りから少しだけ町の中心の方へと歩いたところに、ミズネが中心となって制作したモニュメントやオブジェが集まる展示場所はある。その周りを屋台が取り囲んでおり、観光客の人たちは手に何かしらの容器を持ちながら賑やかに展示を見て回っているようだった。
「……あ、ノートを持って回ってる人もいる。何かしらのインスピレーションが湧いてきたのかな?」
「そうかもしれないな。もしそうであったのならば、私の制作は彼女に何かを与えられたということになるのだろうか」
小さな帽子をかぶってせっせとペンを動かす一人の女性を、ミズネとアリシアは微笑を浮かべて見つめている。自分の制作から何かを見出してもらうなんて、作り手としては無上の喜びなんだろうな。
そんなことを考えながら、俺はミズネたちの制作を見つめる。いろいろな店のオブジェがそこには作られており、その店舗ごとに同じ人物を――正確に言うとミズネをモチーフにしたと思われる一人のエルフの像がいろんなリアクションを取っている。どうやらこの展示は、一人のエルフが街をめぐる中で感じたことをテーマにしているようだ。
そこまでは割とすんなり分かったのだが、観察しているともう一つ俺はあることに気づく。とっさにミズネの方を見やると、こっちを見つめていた視線と俺の視線が衝突した。
「……これ、実在する店をモデルにしてるのか?展示されてる店のオブジェに、何か見覚えがあるような……」
俺たちが普段ひいきにしている八百屋とか肉屋とか、初めて四人で行ったレストランとか。微妙にアレンジは加えられているが、よく観察すればそれにモデルが存在することは容易に想像がついた。
つーか、よく見ると俺たちにゆかりのある店がほとんどだな……ミズネが行く店っていうのは俺たちがよく行く店ってことに等しいし、まあ必然的といえば必然的なのだが。
「ああ、その通りだ。ちゃんと許可はとりに行ったし、何ならスケッチまでさせてくれたりしたお店もあったくらいだからな。……ヒロト、ちょっと周りを見てみろ」
「周りって、そっちには屋台くらいしか……って、あ」
屋台の上に掲げられた店名を観察する中で、俺はもう一つの事実に気が付く。いつの間にか横に並んでいたアリシアも同じ結論に達したのか、驚いたように目を丸くしていた。
「制作の参考にしてもらうだけじゃなくて、屋台として仮店舗も出してもらっているのか……。確かに、これはいい協力関係の作り方だね。ボクにはなかなか難しい一手だけど、ミズネのコンセプトならごく自然に打てるのもいい感じだ」
「そうだろう? ある店に交渉に行ったとき、相手側から提示してくれた条件でな。私たちの側からしたら利益しかない提案だったから、一も二もなく快諾させていただいたんだ。そのお店だけではなく他のお店も同じ提案を受けていただけたりもしたから、私としては本当に大助かりだった」
提案してくれた方には頭が上がらないよ、とミズネは苦笑する。出店の交渉に苦労してる話をミズネからは聞かないと思っていたが、まさかこんな作戦で切り抜けていたとはな……。
俺たちもモチーフとしては似たような制作に取り組んでいただけに、もう少し早くその情報を知れていればかなり状況は変わったかもしれない。その結果が今よりいいかはともかくとして、その発想は素晴らしいものだった。
「……おお、誰かと思えばヒロトたちじゃないか。今日はもうチームをまとめなくてもいいのかい?」
感心しながらのんびりと制作を見て回っていると、屋台の方から聞き覚えのある声がかかる。ふと振り向いて確認すると、そこにはキュウリを持った八百屋のおばちゃんが満面の笑みを浮かべて立っていた。
「はい、おかげさまで今日明日は自由に使っていいらしくて。せっかくだから四人一緒に回ろうってなったんですよ」
「そいつは良いねえ。それじゃあこれ、四人分持っていきな」
俺たちが四人並んでいるのを見て、おばちゃんは手に持ったキュウリを差し出してくる。こんな祭りの場で遠慮するのも場違いだし、俺たちは笑みを返しながらそれを一本ずつ受け取った。
「何から何まで、本当にありがとうございました。貴女たちとの交渉が無ければ、私たちはもう少しスケールを縮小しなければならなかったかもしれません」
「そんなにかしこまらなくても大丈夫だよ。あたしたちも得してミズネちゃんたちも得する。それが出来るんならそれが一番だし、そうするためにできる努力を惜しむつもりはないからね」
「……え、さっき言ってた案っておばちゃんが出してたの⁉」
会話の文脈から何かを察したネリンが、せわしなく視線をおばちゃんとミズネの間を左右させながらそう問いかける。意外……というと少し失礼かもしれないが、俺にとってもおばちゃんが発案者かもしれないというのは予想外の仮説だった。
「ああ、そうだぞ。顔なじみということもあって早めに交渉しに行ったところで、私に展示の原型となる提案をしてくれたんだ」
「あたしたちも商売人だからねえ。「制作のモチーフになった店!』なんて旗を掲げられればお客さんも集まって来るし、お互いにとって損しない選択肢だ。そんなものを思いついてしまったら、提案せずにはいられないだろう?」
驚く俺たちをよそに、おばちゃんはしたり顔でそう言ってのける。いつもの肝っ玉母ちゃんみたいな印象が強いから陰に隠れてはいたが、やっぱりおばちゃんも一人の商売人なのだ。その強かさは、俺も準備の中でこれでもかと思い知ってきたから分かっている。……やっぱり、この街で商売をできてるってのはすごい事なんだな……。
「それじゃあ、私たちはとりあえずこれで。営業の邪魔になってもいけませんしね」
「ああ、楽しんでおいでよ!また色々と終わったら話そうじゃないか!」
そのあと少し雑談に花を咲かせた後、ミズネの挨拶とともに俺たちは屋台を離れる。その後ろには結構な列ができていて、制作がもたらす宣伝効果の存在をその身で証明していた。
「……温かい人だろう?あの人が居なければ、私たちの制作はきっと大きく変わっていた。だというのに、それをかさにも着ないんだからな」
「ほんと、人情の街って感じだよな。……このキュウリだって、十分売り物になるやつだろうに」
もらったキュウリをかじりながら、俺はミズネの呟きにそう返す。その後ろでは、ネリンとアリシアが制作を指さして何やら会話を交わしていた。きっと、古くからこの街で一緒にいたからこその思い出の店というのがあるのだろう。その周りでも、いろんな人たちが店のオブジェを見ながら言葉を交わしていた。
「……私はな、この街が好きだ。だからきっと、これは感謝の証なんだろう。チームを組んでここまでテーマをブラさずに制作を作り上げたことが、その証拠だと思う」
「そうだな。……それは、ちゃんと伝わってるよ」
ぽつりとこぼしたミズネの言葉に、俺も静かに答える。祭りらしからぬ静かなやり取りになってしまったが、それでも伝えたいことは伝わってくれたようだ。ミズネはこちらを向き直り、安心したかのような笑みを浮かべると――
「……そうか。伝わってくれていて、本当によかった」
そう言葉にするミズネの顔には、確かな達成感が宿っているような気がした。
制作にかけたミズネの思い、皆様にも伝わったでしょうか。少し長めになってしまいましたが、ここからも四人の懇親会観光は続いていきます。皆様もどうか楽しんでいただけると幸いです!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!ツイッターのフォローも是非お願いします!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!