第三百七十三話『門を見つめて』
―—思い返せば、飛ぶような三週間だったと思う。これだけの期間を仲間達との別行動中心で過ごしたのは当然初めてだったし、そんな環境だからこそ得るものもあった。その時点でクレンさんが持ちかけてくれた懇親会の話は俺にいい影響を与えてくれていたし、それはきっと仲間たちも一緒だ。
最初は長いと思っていた三週間も、終わってみれば少し惜しいと思ってしまう。忙しさでは比較にならないけれど、それはどうしてだか、夏休みが終わるときに思う事とも少し似ている気がした。
「……人、たくさん来るといいわね」
「来るだろうね。今回は運営と制作班がしっかり分けられた分、宣伝にいつもより力を入れられたって話だし。ヒロトとネリンが打ち出した新しい方針もそこそこ好評みたいだよ?」
「そんな情報、あの忙しい中でよく拾ってきたものだな……まったく、アリシアの調査力には頭が下がるよ」
迎えた懇親会一日目。カガネの南に面する門の近くの喫茶店で、俺たち四人は窓の外の景色をそわそわと見つめながら軽食を取っていた。
ベレさんやそれぞれのチームメンバーの粋な計らいもあって、俺たち四人はこの二日間を純粋に楽しむ側に回ることが出来るらしい。『ここまでくればあとは商売人やら大人たちやらの舞台だからな。新人はこのお祭り騒ぎを楽しんでくれや』だそうだ。
「ほんと、ベレさんには頭が下がるよ……菓子折りの一つでも持っていきたいくらいだ」
「何かしらのお礼は絶対しなくちゃいけないでしょうね……王都土産でも買う計画立てとく?」
「お、それはいい提案だね。ベレさんはこの街を離れないだろうから、王都で贈り物を探すのは最善手だろう」
俺の何気ない発言をきっかけに、王都でのお土産探しツアーが確定する。こっから王都行きまではかなりタイトなスケジュールになりそうだが、どっかで図鑑見てお土産情報は調べておいた方がよさそうだった。
「あともう少しで開門か。……今更ながら、緊張してきたな」
「そうね……こうなったらあたしたちには何もできないってのに、どうしてこんなに緊張してるんだろ」
お土産計画に花が咲いたのもつかの間、外から少しずつ漏れ聞こえ始めた喧騒が俺たちの緊張をいやがおうにも刺激する。最高のものを作ったっていう自覚はあるが、それが客観的に評価される時間が迫るというのはやはり心中穏やかではなかった。
「門をくぐってこの街に来るってのがなおさら緊張感を高めてくるよな……テレポートで来ていつの間にか審査は始まってる、とかだとあまり身構えずにいられるんだけど」
一度に大量の人数を輸送することにテレポートは不向きならしく、今日はテレポート屋さんは休業状態になっている。その代わり大量の馬車便がここカガネに向かって発車しており、開門直前になってそれらが少しずつ到着しつつあるといった感じだ。
「まあ、そこはテレポートという魔術の限界と割り切るしかないだろうな。それに、祭りの始まりがそんなものでは少々味気ないだろう?」
「そうよヒロト。門を開けた人がどんな顔をしてここに来てくれているか、それを見るのだって一つの醍醐味なんだから」
そのためにここの喫茶店にいるんだからね?とネリンは俺に念押ししてくる。ネリンの言うことには一理どころじゃない説得力があったが、だからといって緊張しないという話ではないのだ。
ベレさんが定例会で伝えてくれた情報によると、今日の朝だけでここに到着する馬車便は各門につき約二十台以上。それら一つ一つに五十人は最低でも乗っているというのだから、懇親会という行事がどれだけの人に期待されているかが分かるというものだろう。
「それを思うと緊張せずにはいられねえって……」
「別に緊張するななんて言ってないわよ。緊張してもいいし、それで食欲が少しなくなったっていい。だけど、それと同じくらい期待してればいいのよ」
弱気な俺を引き締めるように、背中を強めに叩きながらネリンがそう断言する。背中を叩くのは食べた物を戻しかねないのでやめてほしかったが、しかしその言葉の真意はしっかりと伝わってきた。
「期待……か。そうだな、俺たち凄いもの作り上げたもんな」
「そうよ。ほぼ未経験の素人集団四人が懇親会をゼロから作り上げたのよ? それだけで拍手喝采貰ったっておかしくないわ」
「それは言えているね。専門家の助力があったとはいえ、ボクたちの功績は決して小さくない。長年の担当者が去ったことで揺らぎかけた懇親会の屋台骨を支えた功労者として、盛大に胸を張ろうじゃないか」
「そうだな。私からしても経験のない事が多く、学びの多い準備期間だった。……それをやり切ったものとして、堂々としていようじゃないか」
ネリンの言葉に触発されるようにして、どことなく固かった俺たちの表情が和らぐ。今の言葉は俺にだけかけてくれた言葉じゃなくて、皆が皆に向かってかけた言葉なような気がした。俺だけが緊張してたわけじゃなく、皆多かれ少なかれ緊張はしてたみたいだからな。
「そうと決まれば、この際思いっきり展示を楽しんでやろうじゃないか。幸い、ボクたちはそれぞれの区画を最も知り尽くしているガイドでもあるわけだからね」
「そうだな。……そう聞くと、早く回りたくなってきた」
制作秘話を聞きながら制作を見て回れるとか、どんな贅沢な事だろう。その事実に気づいた俺が急にそわそわとし始めると、それに応えるかのように窓の外で重い音が響き渡って――
「お待たせしました!これより、懇親会をお楽しみください!」
街全体に、祭りの始まりを告げる軽やかな宣言が響き渡った。
ということで、いよいよ懇親会本番です!今まで四人が中心となって作り上げてきた努力の結晶、その全貌が明らかになるのを楽しみにお待ちいただければと思います!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!ツイッターのフォローも是非お願いします!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!