第三百七十二話『最終日に向けて』
「……最近皆帰るのが遅いけど、調子はどう?」
いつもより気持ち遅めの夕食を運んでくるネリンが、そう何の気なしに聞いてくる。懇親会の準備期間もあと一日、いよいよ最後の追い込みへとかかろうとしているさなかでの出来事だった。
「まあ、そりゃ順調だよ。とりあえず概形はできて、後はどれだけクオリティアップできるかが俺たちの課題って感じだ」
一番の問題だった『どれを主役にして制作を配置していくか』という問題にも何とか折り合いをつけた俺たちは、その後は細かい部分の調整にその労力をほとんど使っている。協賛してくれた二つの店に損が無いように、その上で俺たちに最高のリターンが返ってくるように、机の配置一つにでもこだわる毎日だ。
今までと一転して細かい作業が俺たちを待ち受けていたが、オーディションという名の競争を乗り越えた俺たちにとってはそれほど苦しい作業でもなかった。それがどれだけの人に響いてくれるのかってところだけは、最後まで分からないのが困りどころだけどな。
「いずれにせよ、俺たちにやれることは全部やるよ。そのためのラスト一週間だと思ってるし」
「ボクも同感だね。ボクたちだからできることに磨きをかけることが、結果的に一番いい戦術になりそうだからさ。……まあ、最近帰りが遅いのはもっぱら制作のスピードがなかなか上がらないことにあるんだけど」
「そんなことになるなら定例会で指名すればよかったのに……。アンタのことだから、何か考え合ってのことなんでしょうけどね」
「そりゃもちろん。考えなしに指名しないんじゃただの暗君さ。ちゃんと勝つことは諦めてないし、アレが最善手だって今でも疑ってないよ」
ネリンの言葉にアリシアは笑ってそう返す。自らの判断を信じて突き進むその姿は、間違いなくリーダーの器だった。我が道を征くマイペースな奴ではあるけど、それとリーダーの資質ってのは決して両立できないわけじゃないもんな。エイスさんなんかはそんな感じだし。
「勿論、私もより良いものに向かって邁進しているぞ。その道のりに間違いはないと信じている」
「つまりは皆超順調ってことね。……良かった」
アリシアに続いてミズネがそう現状報告したことで、まだはっきりとしていないのはネリンのところの事情だけとなった。『皆』って言ってる時点で、あっちもある程度は順調に進めているんだろうけどな。でもまあ、それはそれとして。
「ここまで来て一人だけ現状を報告しないのは薄情だぞネリン。お前たちのことだし、ある程度の問題くらいは乗り越えていいところまで来てるんだろうけどさ」
「ま、その通りって感じね。一番大きな課題を乗り越えるのにかなり時間はかかったけど、そこを乗り越えた後はウィニングランって感じ。実際に形にしてみて微調整する時間も取れたしね」
制作を運搬するのは大変だけど、とネリンは苦笑する。だがそこに準備初期の不安げな色はなく、どちらかというと達成感にあふれた晴れ晴れとした表情をしていた。
「結局のところ、皆何かしらを乗り越えてここまで無事に行きついたってわけか。懇親会を最高に盛り上げるための土台は、ここに整ったってことだね」
「ああ、そうだな。……何も分からないところから、一ヶ月も経たずによくここまで成長できたものだ」
「それは本当にそうかも……最初のころは皆何かしら嘆いてた気がするし、ちゃんと四チーム出そろうか心配だったけど」
「もしその不安が当たってたら俺の責任半端ないよな……思い返せば無茶苦茶なことを言ったもんだよ」
本当、無知ってのは恐ろしいものだ。『メンバーは減るけどその分展示に使うスペースも四分の一になるから問題はないだろう』なんて考え、今の俺には到底できないからな。
「確かに、あの時のヒロトの発言には皆が驚かされていたな。結果的に、一番多くの人を巻き込んでここまでその提案は進んできたわけだが」
「争いあってはいるけど、懇親会を成功させたいって魂胆は皆一緒だからねぇ。『誰が一番盛り上げられるか』なんで勝負があったら、みんなムキになって努力するに違いないさ。これを見込んでヒロトが提案をしていたなら相当な策士だよ?」
「そこまでは流石に考えてねぇって……。皆が真剣に頑張ろうって思ってくれた結果だよ」
たとえきっかけが俺の提案であろうとも、それに乗って懇親会を今の形に仕上げてくれたのは懇親会に関わる人たち全員の功績だ。それを独り占めすべきじゃないし、これで得たたくさんのものは街に還元されるべきだと思ってる。……もともと、そういう目的の祭りなんだからな。
「ムキになってるのはあたしたちもそうだけどね。懇親会を成功させたいのはもちろんだけど、あたしは優勝も欲しい」
「そりゃそうさ。普段から一緒にいる仲間と至って平和的に争えるチャンスなんだから、勝ちに行くのは至極当然の考え方だとも」
ネリンの闘争心を肯定するアリシアの言葉に、俺とミズネも頷く。仲間であると同時に、俺たちは最大のライバルでもあるんだからな。
「そうよね。……うん、あたしたちはそうでなくっちゃ」
そう言って、ネリンは自分の頬を軽く叩く。ラスト一日に向けての気持ちの切り替えが、今はっきりとついたようだった。
そう、泣いても笑ってもあと一日だ。あと一日で、どれだけのものを完成させることができるか。勝負を左右するのは、たったそれだけの単純なことだった。
それぞれ決意を新たにしながら、俺たちは和やかに食卓を囲む。ーー最後の一日に向けて、俺たちに不安は無かった。
ということで、少し時間は飛んで懇親会準備は最終日を迎えます!果たして四人は想いを形にできたのか、楽しみにしていただけると嬉しいです!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!ツイッターのフォローもお願いします!
ーーでは、また明日の午後六時にお会いしましょう!