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第三十六話『大自然の本気』

「どこ、って……あれ、ここは……?」


「……いったい何が…………どういうことだ……?」


 俺の後に続いてその変化に気が付いた二人も、状況を飲み込めずに困惑の声を上げる。それは、誰にとっても予想外の事態だった。……楽だと高をくくっていた帰り道が、俺たちの記憶とは全く変わっているのだから。


「そんな、図鑑には何の記述もないぞ……⁉」


 慌ててページをさかのぼるが、『帰り道は変化する』といった記述を見つけることはできない。……まさか、その情報を持ち帰った人がそもそもいないのか……⁉


「つまり、あたしたちは全く前例のない状況に置かれたってわけ……?」


「……そう考えるのが、一番自然だろうな。魔力の増幅も、森全体の変化に必要なものだと解釈すればたやすく納得がいく。幻想の類ではなく、実際に地形が組み変わっているのだからな」


 焦りを隠しきれないネリンに、一足先にこの空間を見て回っていたミズネさんはいたって冷静に頷いた。


「この森が人を食らう迷宮だと仮定するのならば、帰り道を単調なままにするわけがない。人が一番油断するタイミングはそこだろうからな。……状況証拠ばかりの推測にはなるが、どうもこの森は私たちを無事で帰す気はさらさらないらしい」


 険しい顔をして、ミズネさんはそう断言した。それは、俺たちにとって絶望的な宣告だ。

 俺たちは、情報を武器にここまでたどり着いてきた。それを奪われた今、突破口は――


「……いや、ちょっと待てよ」


 ない、と俺が結論付けようとしたその瞬間、図鑑に描かれた地図が目に飛び込んでくる。……迷いの森を攻略するにあたって、早々に候補から外した七つのパターン。その中にここと似通った光景があった気が、して――


「……ヒロト、かがめ‼」


――俺の思考を、ミズネさんの鋭い声が遮った。その意味を考えるよりも早く体が反応し、俺は半ば伏せるような形でかがむ。……次の瞬間、俺の頭上で風を切る音が聞こえた。


「……凍り付け、不埒者めが‼」


 明らかな怒りをにじませてミズネさんが叫ぶと、俺の頭上がひんやりと冷たくなる。その後、細かい氷の粒がひらひらと俺に降り注いだ。


「……これは」


「どうも、森がヒロトを危険人物だと認識したらしい。……私も、この森に対して認識を改める必要がありそうだ」


 速足で駆け寄ってきたミズネさんに声をかけると、神妙な顔をしてミズネさんは目を伏せた。


「この森は、古来からエルフにとって神聖な森とされてきた。奥まで踏み込むようなことをしなければ、私たちにとって有益なこともあったからな。……それすらも、私たちは騙されてきたというわけだが」


 屈辱的なことだよ、と、ミズネさんは唇をかむ。わなわなと体を震わせながら、ミズネさんは息を大きく吸って、


「……この森は、魔物そのものだ。人間を迷い込ませ、喰らう。……それを目的として生まれた、唾棄すべき自然の知恵の結晶だよ」


 俺たちに、そう断言して見せた。


「この森全体が、魔物……⁉」


「そうだ。この推論なら、ネリンがさっき示した疑問にも説明がつく。てっきりこの森に自生する魔獣や植物が養分にしているものと考えていたが、事態はもっと単純だったらしい。この森自体が、奴にとっては胃の中のようなものなのだからな」


「胃の中……ってことは、ここに長居するのはまずいんじゃないの⁉早く、脱出しないと……」


 ミズネさんの回答に、先ほどから焦り気味だったネリンがさらに焦りをあらわにする。どちらかと言えば、それは怖がっているようにも思えた。そりゃそうだろう。この森に対する前提がいきなり全部ひっくり返されたも同然なのだから。……俺たちは捕食者に自ら飛び込んでいったと、そう言われているようなもんだからな。


「ああ。長居をするのはまずい。しかし、ここは迷いの森だ。迷わせて長居をさせ、体力をじりじりと削るのはお手の物だろう。……だが、今回は違う」


 しかし、あくまでミズネさんの表情は揺らがない。そして、何かを確信したような目でこちらを見て、



「ヒロト。……なにか、突破口を見つけたのだろう?」



「え……でも、ヒロトの図鑑にはこのことは書かれてなかったんでしょ……⁉」


 突然の問いかけに、俺が反応するよりも早くネリンが驚きの声を上げた。


 今この三人の中で、一番焦っているのは間違いなくネリンだろう。俺だって当然混乱しているが、それでもぎりぎり平静を保つことができている。それは、ミズネさんの指摘通り――


「……はい。不確かではありますけど、可能性は見えてます」


――この森の仕掛けを、突破する糸口を見つけられたからだ。


「そうか。……なら、帰り道のナビゲーションもヒロトに任せるよ。……明確に特定するのに、あとどれぐらいかかる?」


「そうですね……正確な特定には、少なくとも三分はかかると思ってください」


「それでできるなら上出来だ。賭ける価値は十二分にある」


 俺の回答にミズネさんは満足げに頷くと、ゆっくりと目を閉じる。……そして、低く冷たい声で、


「……悪いが、そういうことだ。……私たちは、帰らせてもらうぞ」


――俺たちを囲むようにしてうごめく無数のツルや魔獣に向かって、そう宣戦布告して見せた。


「……これ、いつの間に……⁉」


「おおかた、森が焦りを感じ始めているんだろう。ここまで来て獲物を取り逃すのは、相手からしても大損でしかないわけだからな。……安心してくれ、二人のことは私が守る」


 周囲の空気を比喩でなくパキパキと凍り付かせながら、ミズネさんは俺たちに微笑みかける。そこにいたのは、頼れるエルフの戦士だった。……ここまで力を尽くされて、気合い入れないわけにはいかないよな。


「……見当が付いたら、すぐに動き出しますよ!」


「ああ、分かっている!……撤退戦だ、派手に行くとしよう‼」


 俺の叫びにミズネさんも大声で応え、その次の瞬間に周囲の魔獣が凍り付く。それを開戦の合図とするように、周囲のツルも俺たちへと向かって動き出した。


――今日最大の戦い、迷いの森からの脱出作戦が始まる。

迷いの森編もいよいよクライマックスです!果たして三人は無事脱出することができるのか、そしてこの森はいったいどうなるのか、全ての決着を楽しみにお待ちください!お盆中も毎日投稿は継続するので、時間ができた時に覗きに来ていただければと思います!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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