第三百六十七話『見えない完成図』
――正直なところ、一番大きな壁を未だに抱えているのはあたしたちだと思う。だからと言って足並みが遅れているとか、そういう訳ではないのだけれど。仮に去年までの形を継承しているとはいっても、それがあるから何もかもがうまくいくわけがないのが現実というものなわけで――
「……中々に、バランスが悪いな」
「そうなんですよ……コンセプト自体は完成しているだけに、じれったくなっちゃいますよね」
一日目の展示に使ったものと同じパーツをもう一つ作り、それらを組み合わせて全く違う二日目の展示を作り上げる。アイデアとしてのその案はこの上ないほどに可能性にあふれたものだったが、それを現実に落とし込むための設計図を書くのは簡単な事ではなかった。
もちろんあたしもクローネさんも色々と考えてはいるのだが、どの案もいかんせん美しさに欠けるか、あるいは再現性が無い夢物語だけで終わってしまう。非現実的な美しさと再現性という二つの要素の狭間で、あたしたちは途轍もない苦戦を強いられていた。
「完成された素材、完成された設計図から新しいもう一つの選択肢を生み出せと言われているのだから、もちろん難しいのは承知の上だったのだがな……。まさかここまで難航するとは」
「他の作業を大方先に終えておいて正解でしたね。そのおかげで、今あたしたちは思いっきりこのことだけに集中して悩めるわけですし」
この問題をかなりの大ごとだとみて、メンバーにも事情を説明しつつ周りのことを全て終わらせていたのは本当に英断だった。あまりにも常識八ズレな考えを正面から受け止めて、その上で実現に動いてくれるクローネさんには感謝しかない。だからこそ、最高の結果で恩返しがしたいのだけど……
「他のチームも明確にビジョンを描いていて、私たちと同じくらいのものをきっと作り上げてくる。定例会でそんな予感がしてしまった以上、優勝できるかは本当に紙一重の話になって来るのだろうな」
「……そう、ですね。チームが始動した時はあたしたちが一番前にいると思ってたのに、いつの間にかみんなが隣にいて。……正直、かなり焦ってるかも」
クローネさんと息を合わせられるようになったのがかなり遅かったのは一つ問題点としてあったけど、過去を下敷きにできたこと、倉庫に残っていた過去作品を素材として使えたことは相当に大きなことだったと思う。
「……いつの間にか、そのリードにあぐらをかいちゃってたのかもしれませんね。スタート地点が前だからって油断が、きっとあたしにはあって――」
「……それは違うぞ、ネリン女史」
気が付けばこぼれていたあたしの言葉を、クローネさんがこちらをまっすぐ見つめて否定する。その黒い瞳が、あたしの顔を映していた。
「確かに最初は、足並みをそろえられないかもしれないと私も思っていた。ネリン女史のアイデアはいつも斜め上を行っていて、私はそれを聞くたびに閉口するしかなかった。……正直な話、適応するためにはかなりの時間がかかったと思う」
「……それは、そうかもしれませんね」
クレンの助けが無ければ、もしかしたらあたしたちは歩み寄れないままだったかもしれない。それくらい考え方のベースが違うし、タイプも違う。こうやって一つのテーマに向かって進めているのは、ある意味それだけで奇跡的ともいえることだった。
「そうだろう? ……だが、それらが決して間違っていたわけではなかった。それを知れたからこそ、私たちは今ともに一つの完成図を目指して考えを重ねることが出来ている。ここに至るまでの道筋に、怠慢などあっただろうか」
いや、ありえないだろうな、とクローネさんは首を振る。そこまで言われれば、クローネさんの言いたいことを察するには十分だった。
「……なんか、クローネさんにこうやってストレートに褒められるのは久しぶりな気がしますね。もしかしたら初めてなのかも」
「……それは、私の厄介な性分だ。どうしても素直に歩み寄るということが苦手でな。……今回も、ネリン女史の勢いに頼る形になってしまっていた」
「……ああ、だからヒロトたちのチームの人とあんなに喧嘩してたんですね。『懇親会を良くしたい』って考え方は一緒なのに、なんであんなにいがみ合ってるのかと」
物腰が柔らかい大人の男性のように見えても、クローネさんはきっと頑固な人なのだろう。それがあの明確な理想像にもつながっているわけだし、それを一概に悪いとは言えないけれど。……あたしの周りにも、頑固な人はたくさんいるしね。
「アレに関してはまた少し事情が違うが……まあ、私の性分が物事をややこしくしている点については否定できないな。アイツにも、譲れない理想があるのは理解できているさ」
「それが相容れないから対立している、ってことですよね。そういう意味では、今回の舞台は雌雄を決するにはちょうどいいのかも」
「その通りだな。……だからこそ、私はいつも以上に気合が入っているのだろう」
そう言って、クローネさんはまた手元の白紙に目を落とす。その気合をどうやって展示へと落とし込んでいくか、それもまた大変な作業だ。これはきっと一週間がかりの作業になるだろうなと、あたしが大体のスケジュールを試算していると――
「……そうだ。他のチームのリーダー……ネリン女史と冒険を共にする仲間たちのことを、良ければ聞かせてもらっても構わないだろうか」
唐突に……本当に唐突に、クローネさんはそんな問いかけをあたしに投げかけて来た。
ネリンとクローネの関係性も、この二週間を通じて大きく変化したことの一つだと思います。準備最後の一週間は今までの総決算的な形になって来ると思いますので、それぞれの成長などにも注目しながら楽しんでいただけると嬉しいです!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!ツイッターのフォローも是非お願いします!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!