第三百五十六話『激動と成果』
「大立ち回りだったな。よくあそこまで言ってのけた」
「こっちとしてはヒヤヒヤもんでしたけどね……なんせ相手の事情とか無視して頼み込む形になっちゃうんですもん」
大方の打ち合わせや今後の計画の説明を終え、俺たちは今週の成果を報告するためにオウェルさんたちが作業しているであろう場所へと向かっていた。その道中でジーランさんがそんな風に話を振ってきたので、俺は軽く肩を竦めて見せる。
「いい目をしてる……なんて言われましたけど、過大評価になってないか心配なんですよね。俺はこの先も間違えるかもしれないし、また壁にぶつかるかもしれない。……その時にあの人たちの期待に応えられるかって言われたら、素直にうんとは言えないので」
ここまで壁にぶつかったからこっからはストレスフリー……なんて甘い話がないのが現実の辛いところだ。俺たちが乗り越えたのはあくまで交渉段階だけで、ここから配置の仕方やら展示との兼ね合いやら、新しい問題は確実に出てくる。そのたびにじっくりと悩める時間があるかと言われれば微妙なものだった。
「それでいいさ。そこで無責任に頷く人間の方がワシは信用ならんし、そうでないからワシはお前を信用している。……きっと、あの店主もそれを見抜いたんだろうよ」
「そんなものなんですかね……。高く評価してくれるのは、本当にありがたいんですけど」
「ありがたいならその通りに受け取っておけばいいさ。……その評価は、お前がこの一週間考えに考え抜いたから得られたものだ」
そのことを忘れるんじゃないぞ、とジーランさんは遠い目をしながら告げる。その眼は、今ではないどこかを見つめているような気がした。
そう言えば、もう一週間が経過してるんだよな……週の前半が散々だったことを思えば、ちょっとは自分のことをほめてあげてもいいのかもしれない。周りに助けられてばかりではあったけど、それはきっとお互いさまと言う奴なのだ。……いつか、もらったものを返しに行ければいい。
「……そう思えるのも、成長かな」
「お前はこの一週間でずいぶんと大きくなった。ワシが出るまでもなく交渉を進めていけるようになるとは、ワシにも予想が出来なかった収穫というものだ」
「まあ、確かにそうですね……。なんたって最初はジーランさんが主体だったし」
そこから交渉術を学んで、自分と相手の妥協点を探るすべを学んで。思い返せばこの一週間は、色々なことを知ろうとした一週間だったのかもしれなかった。
これまでも図鑑からいろんな情報を知ろうとしてきたけど、誰かの経験に基づく生きた知識をここまで得ようとしたのは初めてかもな……。それが素直にできるようになったのも、まあ成長と言えば成長か。
「若いもんは小さなきっかけで大きく羽ばたくものよ。ワシもお前がそうであればいいとは思っていたが、まさかここまで大きな翼を得るとは考えもしなかったわ」
嬉しい誤算と言うものだ、とジーランさんは笑って見せる。どこか一歩引いたような口調だったが、俺がそうなれたのは間違いなくジーランさんの助力あってこそのことだった。
ジーランさんが後ろに立ってくれていなければ、俺はあそこまで冷静ではいられなかっただろう。口数が決して多いわけではないけど、その在り方は俺にとって大きな支えになってくれていたのだ。
「……ジーランさんは、俺にとっての師匠みたいなもんですよ」
「ならお前が弟子か。……冒険者と言う定職についていなければ、それも悪くなかったのだろうがな。生憎、ワシは後継者には恵まれんようだ」
冗談めかしてそういうジーランさんに、俺も笑みを返す。『弟子はとらない』というエリューさんとのやり取りの後だから後半の言葉は少し引っ掛かったが、まあその話には踏み込むべきではないだろう。今は、やっと屋台がにぎわうめどが立ったのを喜ぶのが先だ。
「きっとびっくりしてくれますよ。屋台の形式に関しても、俺たちは新しいものを持ってきたんですもん」
「そうだな。お前が作り上げたモノだ、胸を張ってその功績をアピールすると良い」
ジーランさんはそう言ってくれるが、俺のアイデアは俺を助けてくれた人たちに導かれてたどり着いたようなものだ。あくまで調子に乗ることはしないようにしようと、俺は内心でそう戒めた。
「……そろそろですかね。時間的には、まだ作業してるか怪しいところですけど……」
「……いや、空振りの心配はしなくていいようだ」
もう昼下がりと言うところだったので、皆は作業を終えて帰っていてもおかしくなかった。だが、会場に近づくにつれて聞こえて来た喧騒が俺の心配を杞憂に終わらせる。決して和気あいあいという訳ではなさそうだけど、険悪な雰囲気でないこともしっかり分かるような賑やかさ。いい感じにぴりついた雰囲気が、久々にオウェルさんたちのもとを訪れた俺たちの肌を刺した。
チーム分けされているとはいえがやがやした空間の中で、俺たちはオウェルさんを探して視線を右へ左へと動かす。その姿はこの空間では異質だったのか。俺たちが見つけるよりも先にオウェルさんがこちらへと駆け寄ってきた。
「ヒロトにジーランさんじゃないか!その表情からするに、屋台の出店契約のめどがついたのか?」
「ああ、抜かりなく果たしてきたわ。そちらこそ、無茶な計画が破綻してはいないだろうな?」
「そんなことは無いさ。その証拠に……ほら、アレを見てみろ」
試すようなジーランさんの問いに、オウェルさんは誇らしげに一つの方向を指さす。それに導かれて、視線をその方向に向けると――
「……うわあ」
月曜日には想像してなかったような光景が、俺の視界に広がっていた。
ヒロトたちの奮闘の裏で、オウェルたちも色々と積み重ねています。やっと歯車がはまってきたヒロトたちの追い上げ、是非楽しんでいただけると幸いです!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!ツイッターのフォローも是非お願いします!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!