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第三百五十五話『きっかけさえあれば』

「……私は本店に置く商品作りで忙しいと、前もって申し上げていたはずだけどねえ。それを承知の上で、貴方は私に依頼したとみていいのかい?」


「そういうことです。申し訳ないですけど、貴方の助力が得られないならこの話はご破算、全てなかったことにということでお願いします」


 俺が本当に求めているのはこの店が作り上げたブランドでもそれが継承してきた技術でもなく、その大本を作り上げたエリューさんの力だ。それが借りられないのならばこれ以上の交渉に意味はないし、こっちとしても他の策を考えなければならない。それはそれで身勝手な身の振り方にも思えるが、俺にとっては中途半端な求め方をする方がよくない事のように思えた。


「……俺は、エリューさんが作る作品が好きです。その完成と俺たちの制作が合わさったらどうなるか。……興味は、在りませんか?」


 なんというか、我ながら不格好なラブコールだとは思う。どこまで言っても俺のワガママに過ぎないこの条件は、結局のところエリューさんが首を縦に振るかどうかにかかっているのだが――


「……困ったねえ。ここまで熱烈な勧誘は久しぶりだ」


 そう言って、エリューさんはゆっくりと後ろを向く。その視線を追いかけると、カウンターの奥で作業をしているエリューさんの弟子と目が合った。


「作業は順調かい?それが一段落したら、ちょっとこっちに来てほしいんだけど」


「はい、わかりました。すぐいけます」


 エリューさんの呼びかけに応じ、お弟子さんはすぐにこちらへと駆け寄って来る。俺よりも少し小さめなその体を軽く折り曲げ、お辞儀をしながらエリューさんの隣に立った。


「昨日も言った通り、私の弟子はまだ少しだけ力不足だ。速度も技術も及第点だが、それじゃあ継承させるには足らない。……後ろの方も、それはよくわかっているだろう?」


「ああ、そうだな。技術の継承と言うのは難しい。だからこそ、ワシは弟子を取らないのだからな」


 突然振られた話題にも、ジーランさんは冷静に答える。望んでいた答えが返ってきたのか、エリューさんは満足げに頷いた。


「その通りさ。技術の継承ってのは思った以上に楽じゃない。身に付けなきゃいけないものも多いし、師匠から盗まないといけない技術もある。……そういう意味では、まだコイツに店を任せようとは中々なれないのが私の本音だよ」


「……はい。自分の技量が足りないのは、毎日痛感するばかりです」


 少し厳しめな評価に、お弟子さんは悔しそうな表情を浮かべる。何年修行を積み重ねて来たかは想像するしかないが、まだ師匠に届かないというのはきっとあの人にとって途轍もなく悔しい事なんだろう。その眼には、まだ情熱の光が宿っていた。


「私も大概年寄りだけど、こいつを一人前にするまではくたばるわけにはいかなくてねえ。そんなこともあったから、私はこのカウンターの椅子を譲るつもりはまだまだないのさ」


「……そう、ですか」


 その椅子は、きっとエリューさんにとって特別な作業場所なのだろう。ここを訪れたお客さんと会話し、そうしながら新しいものを生み出していく。きっとそうやって、この店は良いものを生み出し続けてきたのだから。そこを譲らないということは、俺たちの協力に赴く気はないということで――


「―—なんて、今日ヒロト君の眼を見るまでは思ってたんだけどねえ」


「「……え?」」


 そのどんでん返しに驚かされたのは俺だけではない。エリューさんの隣に立つお弟子さんも、エリューさんの唐突な繋ぎに目を丸くしていた。


「師匠。それは、いったいどういう……」


「勘違いしちゃあいけないよ、アンタの成長を私が認めたってわけじゃない。アンタはまだ覚えることも多いし、これからやっていかなきゃいけないことも山積みだ。……だけど、ヒロト君の眼を見て、私は少しだけ期待しちゃったのさ」


「……期待?」


「ああ。『きっかけさえあれば、若い子はこうも簡単に変わりうるのか』ってね。……昨日の眼と今日の眼、全く以て別物だからね?」


「そうだな。……今日のヒロトの眼は、とてもいい」


 長年を生きてきた者同士通じ合うものがあるのか、エリューさんの評価を受けてジーランさんがそれを肯定する。それに小さく頷きを返すと、エリューさんは続けた。


「私の弟子だって、なにも成長していないわけじゃあない。最後の一皮を剥ければあとは完成するだけだと思ってたところなのさ。……だから、私もきっかけを与えてみようと思ってねえ」


「きっかけ、ですか……?」


「ああ。……週明けから懇親会が終わるまで、この店はお前に回してもらう。少し荷が重いだろうが、私もできる限りのサポートはするからさ。……この店を継ぐつもりなら、出来るだろう?」


 その決定を聞いたお弟子さんの眼が、プレゼントをもらった子供のようにキラキラと輝く。それがどんな答えを意味するかは、聞かずとも明らかだった。


「そんなわけで、私は一週間の暇が出来た。……ヒロト君の思いに免じて、私も貴方たちの創る者に協力しましょう」


――たまには、違うジャンルに挑むのだって悪くないからねえ。


 そうやって言葉を締めくくると、エリューさんは俺たちに向かって穏やかな笑みを浮かべる。それに対して、俺たちは――


「……ご協力、ありがとうございますっ‼」


 そう言って、もう一度深々と頭を下げることしかできなかった。

ヒロトたちのチームにまた一つ新しいピースが加わりました!出遅れ気味だったところからどんな風に巻き返してくるのか、楽しみにしていただければと思います!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!ツイッターのフォローも是非お願いします!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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