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第三百五十四話『たった一つの思い付き』

「……随分とまた、引き締まった顔つきをしているな。その様子を見ると、お前の中で答えは決まったように見える」


 ジーランさんと顔を合わせるなり、そう言って目を細める。今の俺がどんな顔つきをしているかは分からないが、少なくとも昨日よりもいい自分ではいられているようだった。


「色々と考えましたからね。……仲間の助けも、存分に得ましたし」


 結局のところ、俺はいつだって色んな人に助けられている。この世界に来てから孤独だと感じたことは無いし、その賑やかな日常に飽きが来ることなんてない。……もしかしたら、それは途轍もない幸運なのかもしれなかった。


 今日の集合場所はいつものところではなく、エリューさんの経営する店の前だ。今日やる事なんてそれくらいしかないし、それに対しての話が今日の俺の全てだった。


「ということは、今日は見守りだけで済みそうだな。結果がどうであれ、ワシはお前の判断を尊重する。それが失敗に終わったら……その時は、その時だ」


「ですね。失敗した時のことなんて、やる前から考える必要もありませんし」


 エリューさんの答えがどうであろうと、俺の決断が揺らぐことは無い。この決断をするまでに考えを重ねたし、その仮定まで俺は否定したくなかった。


 これくらいの割り切りが最初からできてれば、もう少し交渉もいい感じに進んだのかもしれないけどな。そういう意味では、俺はやっと交渉人としての最低条件を満たせたのかもしれない。自分の中で納得しきれていない考えで、誰かを納得させられるはずもないもんな。


「事前の許可はとってある。……お前の心が決まったタイミングで行くと良い」


「それはありがたいですね。……そういうことなら、善は急げってやつです」


 ジーランさんの案内を聞くや否や、俺はドアに手をかけて店内へと足を踏み入れる。当然緊張はしているはずなのだが、いつもよりも心臓の鼓動は穏やかな気がした。


「いらっしゃいませ……。ああ、ヒロト君かい。今日は昨日の話の続きを?」


 エリューさんは今日も穏やかに、カウンターで何かをせっせと作り上げている。朝早くからの来客に対しての柔らかい視線が、俺の姿を認めてどこか真剣なものへと変わったように見えた。……商人から交渉人へと、その切り替えの瞬間を見たような気分だ。


「はい。昨日打ち切っちゃった話の続きを、俺なりに考えてきました」


「そうかい。……それじゃあ、詳しく聞かせてもらおうかな?」


 俺の返事にエリューさんは目を細めて、俺の言葉を待つかのように軽く椅子にもたれかかる。無言でただ待つ姿勢が、今の俺にはただただありがたかった。……どこから話を始めたものか、いざこの状況になると中々決めきれなかったからな。


「……俺は、エリューさんのお店にあるような、きれいで繊細なインテリアが屋台に並んでくれたらいいなって、そんな考えで交渉に伺いました。それが前提にあったからお弟子さんの作品でも、その系譜を継いだ技術ならばいいかなって、そう思ってました」


「……過去形で言うってことは、今は心変わりしたのかい?」


「はい。……技術ばかりを求められた仲間の話を、俺は聞きました。エリューさんと同じくらいに、自分の作り上げるものに魂を、命を懸けてる奴の話を聞きました。……それを聞いてるうちに、思っちゃったんですよ。俺がやろうとしたことは、とんでもない失礼だったんじゃないか……なんて」


 この店にある無機質な技術だけを、俺はチームの制作に切り貼りして合わせようとしていた。そんなんじゃ当然調和の取れた作品が生まれるはずもないし、エリューさんだっていい気はしない。……俺がやろうとしていたことは、エリューさんの作り上げたモノのうわべだけをなぞろうとしていたことに他ならないのだから。


「モノづくりの本質ってのは、ただ技術をなぞる事だけにあるんじゃない。それを作り上げた人たちが、それに対してどんな思いを込めたのか。……それを受け取ることが出来て初めて、俺は貴方たちに胸を張れるんじゃないかって、そう思うんです」


 そういう意味では、キャンバリーに依頼する国の人物たちは全員間違っているともいえるだろう。きっとその人たちは知らない。……飄々とした姿勢から作り出されるモノたちにアイツがどれだけの魂を乗せているかを、知る由もない。


「だから、俺はそうありたいと思うんです。……どんな思いでエリューさんがこの店を大きくしていったのか、作品に込められる技術にどんな経歴があるのか。……どんな思いが小さな一皿に、アクセサリーに込められているのか」


 例えばそれは、図鑑の読解のようなものなのだろう。どんな思いでその一文を加えたのか、この注釈が入っているのは、あるいは入っていないのはどうしてなのか。そんなことを考えて顔も知らない図鑑作者を思うのは、間違いなく楽しかった。……きっと、それはモノ作りでも同じようなものなのだ。


「……それが、ヒロト君の結論なのね。……そのうえで、貴方は私たちにどんな依頼をするんだい?」


「はい。……遠回しな前置きになってしまってすみません、こっからが本題です」


 もっとも、ここまでのことがあれば結論なんて一つしかないようなものなのだが。俺が今思ったことを全て形にしたうえで、何も取りこぼさないやり方なんて俺には一つしか思いつけなかった。


 その答えを今一度確認して、俺は大きく息を吐く。そして、今一度エリューさんのことを正面から見つめると――


「……お願いします。多忙でも、俺たちはエリューさんの力が借りたい。エリューさんが俺たちの作り上げるものを見て、屋台を見て、感じたものを俺たちは作品として置いてみたいんです」


 一息でそう言い切りながら、俺は思い切り頭を下げた。

次回、ヒロトの要請にエリューさんはどう答えるのか!懇親会も佳境へと突入していきますので、楽しみにしていただけると嬉しいです!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!ツイッターのフォローも是非お願いします!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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