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第三百四十一話『交渉人の顔つき』

「……確かに、独占という言葉は魅力的ですね。……貴方たちは、今回それを私に持ちかけると?」


「はい。……といっても、『あなたたち以外の飲食店とは今後出店交渉をしない』という意味での独占ですが。移動屋台が一店俺たちの区画に回ってくることは決定していますけど、今この提案を呑めば懇親会中常に営業している飲食屋台は貴方たちのものだけ……魅力的だと思いませんか?」


 独占とか限定とかって言葉は、どこの世界に行っても魅力的なものだ。それは商売人からしたって同じ……いや、商売人だからこそその価値はより痛感できるだろう。


 本来屋台というのはいろいろなお店が寄り集まるものだが、俺たちの交渉は頓挫し続けてきた。そんなわけでスペースがスッカスカだからこそ、俺たちはその契約を持ちかけることが出来るのだ。


「もちろん、大規模な屋台を出せるだけのスペースも提供します。いくら来場者数が他の区画と比べて見込めないとはいえ、そこに来た人たちを独占して営業できるなら話は変わってきませんか?」


「……そう、ですね。確かにそれは、あなたたちのところでしか得られない条件だ」


 俺の質問に、店主は唸りを上げる。それは、初めてといってもいいほどの手ごたえを俺が初めて得られた瞬間だった。


 交渉とは、相手の欲しいものをいかに読み取るかの勝負だ。俺はそれをカルケさんから教わった。そして商売人が求めるのは、他の場所では得られない利益。……それを思えば、きっとこれが最適解だ。


「もちろんほかの区画で同じことが出来ればそちらの方が利益も出るのでしょうが、他の区画は順調に契約を進めています。……独占契約なんてことが出来るのは、大きく出遅れた俺たちだけなんですよ」


「……これはまた、ずいぶんと身を切る一手を打ってきたものですね……」


 九割がた自虐ともいえるセールスに、店主の表情が緩む。少なくとも、最初の方にあった頑なさはその表情からなくなりつつあった。


 身を切るセールス大いに結構、要は物事の見方次第なのだ。何もないということは、縛られずに動けるということなのだから。それに気づかずに、俺は自らの行動を縛っていたのだ。


「俺たちは新しいものを作り上げようという理念のもとにできたチームです。……なら、屋台ってものの固定観念にも喧嘩を売っていいと思いませんか?」


 独占契約が成された屋台なんて、後にも先にもこの懇親会だけのものになるだろう。普通の懇親会の中では異端として浮いてしまうようなアイデアだが、生憎こちらは最初から異端。……新しいものを作る時に、固定観念はいったん取っ払ってしまったってかまわないのだ。


「勿論、区画内での宣伝権もあります。他の飲食屋台に客を吸われることがなく営業できるのは、最高率での営業に繋がると思いますよ」


「……そうですね。顧客がより多く期待できるところを狙うのは、商売の基本ともいえることですから」


 店主の中でどんな損得勘定が行われているかまでは分からない。だが、その脳内ではきっと算盤がせわしなく動いている事だろう。……それが俺たちにとっていい結論を導き出してくれることを祈るばかりだ。


「社交辞令として『またいらっしゃってください』と言ったつもりですが、まさかここまでの物を引っ提げて帰って来るとは思いませんでしたよ。正直なところ、予想外です」


「それはそうだろう。なんせ、一緒に交渉をして回っていたワシですら予想できなかったんだからな」


 店主の評価に、ジーランさんは自慢げにそう語る。というか、あれって社交辞令だったんだな……俺たちのチームがいかに眼中になかったかを今になって知ることになるとは思わなかった。


「あの時のあなたは知り合いに連れられたお客様でしたが、今はもう立派な交渉人の顔つきをしています。……油断すれば、主導権を持っていかれるくらいに」


「いやいや、あくまで俺たちは頼み込む立場ですから。それに相応しい条件を提示したまでですよ」


「……こともなげにそうやって言ってのけるのもまた、あなたの成長といえるのでしょうね」


「そうなんですかね?……まあ、ありがたく受け取っておきます」


 交渉人としての成長が何なのかは俺にはよくわからないが、店主さんから見ても俺はやっぱり大きく変わっていたらしい。それはきっと、喜ばしい事だろう。


「それで、交渉の件ですが……悪くない条件だとは思います。ですが、リスクの高い賭けであることはまた事実。独占契約と言っても移動屋台は来るという話ですし、そもそも集客がどこまで見込めるかも怪しい。……一考の余地があるのは確かですが、まだまだ粗い案であることも事実ですね」


「うっ……。それはまあ、確かに……」


 一転飛んで来た厳しい指摘に、俺は思わず胸を抑える。この考えが勢いでできた思い付きの類なのは否めないし、商売人からすれば穴だらけの案なのはどう頑張っても否定できなかった。くそ、もう少しだけでも周りを固めてから交渉に出向くべきだったか……?


「……ですが、その考え自体には見るべきものがあります。だから、こうしましょう」


 反省会に入りかけた俺に対して、店主さんが一本指を立てる。その眼には、強かな光が浮かんでいた。


「独占ではなく、私たちがあなたたちの区画に、そしてそこで行われる制作に『協賛』します。他に出る屋台も、私の伝手をたどって交渉をすることを約束しましょう。それならば私たちの店での宣伝効果も上がり、あなたたちの基盤も安定する。……互いにとって利益のあることだと、そう思いませんか?」


 得意げに語ったその条件は、ともすれば独占契約よりも店主さんにとって利のあるものだ。だが、俺たちはその条件にただ感服するしかない。だって、その提案は俺たちにも大きな付加価値を生み出すものだったから――


「……やっぱり、まだまだ本職の方には敵わないみたいですね」


 そう笑って、俺はその条件を飲むことを決めたのだった。

ということで、次回からも懇親会はどんどんと本番へ向かっていきます!はたしてヒロトたちは遅れを取り戻せるのか、そして他のメンバーもそれに負けないように進めるのか!ご期待いただけると嬉しいです!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!ツイッターのフォローも是非お願いします!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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