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第三百四十話『窮地、最上の一手』

「……お久しぶりです。三日ぶりですかね?」


「ええ、そうですね。……交渉の方は、上手くいっていますか?」


 突然の訪問だったが、その店の店主は快く俺たちの要請を受け入れてくれる。ジーランさんと同じくらいの世代のおじいさんが、柔らかい笑みを浮かべて俺たちの前に立っていた。


「いいえ、全然。確かなものが何もないとこれほどまでにうまくいかないのかって驚かされるばかりですよ」


「そうでしたか。まあ、商売人というのはどこかで冷酷にならなければいけない生き物ですからね。そういう意味では、あなたは正しいものを見て来たともいえるでしょう」


「確かに、そうとも言えるかもしれませんね。……また一つ、知識が増えました」


 それが厳しい現実であることは、俺もとっくに分かっている。元から俺たちは厳しい条件で交渉をしなくてはならなくて、それが今まで顕著に出続けているだけなのだ。何も工夫をしなければ、俺たちが提示した交渉など蹴られるのが当然だったってことだな。


 二日前の俺だったら、きっとそこで折れていた。俺たちの交渉に勝ち目なんかないのだと、そうやっていじけるしかなかっただろう。……だが、今の俺は違う。胸を張って、そう言い切れる。


「……表情が変わりましたね。何か、転機になる出来事がありましたか?」


「はい。……俺にはもったいないくらい、大きな出来事がありました」


 思えば、図鑑を信用できなくなってしまったのはアレが初めてだったかもしれない。今までだって図鑑が役に立たない場面はあったが、それは図鑑だけじゃ知識が足りなかったりした時の話だ。図鑑に情報は十分あって、だけどそれが役に立たないってなると話は大きく変わってくる。


 図鑑オタクとしての挫折―—なんて言うと、ちょっとかっこつけすぎかもしれないが。だけど、それくらい俺の中で信念が揺らぐ出来事だったのは事実だ。……だけど、もう大丈夫だと思えた。


「たくましくなっただろう?……まったく、若者の成長速度というのは恐ろしいものよな」


「……ええ、そうですね。私のような年寄りからすると、眩しくて仕方がありませんよ」


 自慢げなジーランさんに、店主は苦笑しながら同意する。しかしすぐに表情を真剣なものに戻すと、俺の眼をしっかりと見つめた。


「……して、まさか弟子の成長を自慢するためだけにここに来たわけじゃないでしょう。……私と店に、何の御用ですか?」


「……単刀直入に行きます。……屋台、出しませんか?」


 雰囲気がより張りつめていくなか、俺はあえて思い切り踏み込んでいく。―—俺たちは今、交渉初日のリベンジを始めようとしていた。


 ジーランさんに伝えた今日の目的地とは、交渉初日に回ったジーランさんとかかわりがある人物が気営している店たちのことだ。まだまだ交渉に行ける店もある中でそれらをチョイスしたことにジーランさんは驚きを隠せないでいたが、どうやら好意的に受け取ってくれたことは確かなようだった。


「……その話題なら、お断りさせていただいたはずですが。あなたたちのところで出しても、大した利益にならないのではないですか?」


 完成予想図もないのですし、と店主は俺の提案に対して厳しい意見を返す。その眼からはさっきまでの朗らかさが完全に抜け落ち、強かな商売人の表情がそこに現れていた。


「ええ、それは分かっています。残念なことに完成予想図が何もなく、懇親会当日の集客もどこまで行けるか分からない……それは、三日前と変わらない現実ですね」


 現状、俺たちが持てる手札は変わっていない。オウェルさんは相変わらず途轍もないカリスマで制作班のモチベーションをどうにか保ちながらチームを引っ張っているが、どんなに早くても完成予想図ができるのは来週の初めだ。その時に交渉をしている暇があるかといわれたら、ほぼないというのが事実だった。


 だから、俺たちは今ある手札だけで戦うしかない。……どうにかして、俺たちは相手側にとって利益となる提示をしなければならないのだ。


「そうですか。……それなら、この話はお断りさせていただこうかと。現状が何も変わっていないのに、私たちが変化する必要もありませんので」


「……待ってください。まだ、俺たちの話は終わってないですよ?」


 そう言って踵を返そうとする店主を、俺は必死に呼び止める。ここで振り返ってくれなかったら一巻の終わりだが、幸いなことにその言葉は何らかの興味を引けたようだった。


「……つまり、あの時は提示できなかった条件がある、と?」


「はい。……それがあるから、今日は貴方に交渉を持ちかけようと思ったんです」


 何かを見定めるような店主の視線が、俺をまっすぐに射抜く。それに気圧されそうになるのをこらえながら、俺は大きく頷いて見せた。


 今から俺たちが切るのは、俺たちしか持っていない手札だ。今まで交渉が破談続きで、一店たりとも屋台スペースを埋めることがなかったからこそ、今ここで切れる最上の一手―—


「……『独占契約』って言葉、魅力的だと思いませんか?」


――その言葉を聞いた店主の眉が動いたのを、俺は見逃さなかった。

果たしてヒロトの切った手札は店主の心を動かせるのか!ヒロトの追い上げがどこまで届くのか、是非一緒に見守っていただければと思います!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!ツイッターのフォローも是非お願いします!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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