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第三百三十八話『遠回しな思い』

「ごめんねえ、お土産の一つも持たせられなくて」


「そんなこと気にしてませんよ。むしろ手土産一つ持ってこなかった俺の方こそ申し訳ないです」


『そんなに気を使わなくてもいいんだから』とネリンに押し切られる形になってしまったが、やはり無理やりにでも持ってくるべきではあったのだろう。それくらい、ここで聞けた話は実りのあるものだった。


「……うまく、やれそう?」


「分かりません。でも、どうにもならないっていう状況ではもうないかなって」


 突破口は確実に見えている。……あとは、そこに向かって揃えられる手札をいかに増やすかというところの勝負になってくるのだろう。勝負のジャンルが分かれば、勝ち目のない勝負には思えなかった。


「そう、それなら良かった。それじゃあ、あなたたちの区画にも遊びに行かせてもらうわね」


「ええ、ぜひ。……そんでもって、俺たちのチームに投票していただけると幸いです」


「それはその区画の出来次第ね。……でも、そういうことを言えるようになった時点で交渉人としては成長だと思うわよ?」


 どさくさに紛れて根回しをしようとした俺の考えを、カルケさんは朗らかな笑みを共に受け流す。その姿勢には、普段はあまり見えない商売人としての本質が映っている気がしていた。


 のほほんとしてるように見えて、一貫しているところがしっかりとあるからな……今まで向き合ってきた店の人たちと比べたって、その気骨に遜色はない。……流石は、街一番の宿を作り上げた女将と言ったところだろう。


「……それじゃ、俺はこれで。貴重なお話、ありがとうございました」


「こちらこそ、色々教えてくれてありがとう。また時間があればお茶しに来て頂戴ね」


 ありがたい言葉に会釈を返しながら、俺は宿屋を後にする。昼間から集まって食事を堪能している冒険者たちの喧騒が遠くなってきたころに、一人の影が俺の方に向かって歩み寄ってきた。


「……どうだった?うちのママ、凄いでしょ」


「ああ。正直、想像の何倍もすごい人だったよ」


 俺の素直な答えに、ネリンはまるで自分のことのように胸を張る。その自慢げな様子に俺は苦笑を返しつつ、明らかに仕事終わりの様子のネリンを見つめた。


「今日は随分と早いんだな。もう考えることは全部終わったのか?」


「大体はね。あとは予算配分と、最後の詰めを考えるだけ。……かなりリードしてるって言ってもいいんじゃないかしら?」


「そこに関してはなにも否定できないな……。俺たちは二週目のスタートダッシュで大失敗をかましたんだから」


 その事実だけはどうあがいても変わらない。だが、その事実に対する受け止め方が変化していることに、ネリンは少し目を丸くしていた。


「……やけに冷静じゃない。もしかして、もう諦めたとか言うんじゃないでしょうね」


「まさか、俺の闘志はまだ消えちゃいねえよ。……勝つためにも、じたばたしてる時間はねえってわかっただけだ」


 ただ焦っているだけで問題が解決するなら、俺はいくらだって取り乱して焦り散らかそう。だが、現実はそうじゃない。この厳しい状況からでも、前を向かなければ勝利なんてありえないのだ。


「……これは、相当いい薬になったみたいね」


「ああ、お前の紹介のおかげだよ。……後悔してるか?」


「それこそまさかってやつよ。……本調子じゃないアンタに勝って、あたしが嬉しいとでも?」


 その質問が意趣返しであることは伝わったのか、好戦的な笑みを浮かべてネリンは俺の眼を見つめる。その情熱をすべて閉じ込めたかのような瞳が、俺の視界の中でらんらんと輝いていた。


「あたしたちは既に完成図を見つけてる。だけどね、それがアドバンテージになるのなんて準備期間だけ。作るのが遅かったか早かったかなんて、当日遊びに来てくれる人には何の関係もないんだから」


「そうだな。当日その区画にある物が、俺たちの全てだ」


 屋台や制作というのは、そのための手札と言ってもよいだろう。当日使える手札をどれだけ増やすか、どのように配置するか。……それこそが、俺たちに与えられた三週間という時間で考えられることだった。


「つまりね、多少手札の巡りが悪いくらいでしょげちゃダメってことよ。……どんな弱い手札だって、やり方次第では勝ちに行けるんだから」


「……そう、だな」


 俺の頭の中に、すっかり習慣となった『フェアリー・カード』が思い浮かぶ。あれだって形は違うが、いかにハッタリを駆使するか、俺に与えられた情報を使いこなすかの勝負だ。……その本質は、実はあまり変わらないのかもしれない。


「……つまりね、まだアンタがへこむには早すぎたってことなのよ。……仮にもプレゼンの優勝者が、そんなふがいない姿を見せちゃ張り合いがないっての」


「……お前、もしかして俺のことを励ましてくれてるのか?」


 俺の指摘に、ネリンの体が硬直する。ちょっと……いやかなり遠回しな表現をするからまさかとは思っていたが、どうやら図星の様だった。


「……ありがとうな」


「……なによ、いきなり」


 からかわれるとでも思っていたのか、俺から飛び出した感謝の言葉にネリンはぶぜんとした様子でそう答える。震えた声でのそれが照れ隠しであることは、誰の目から見ても明らかだった。


「いや、つくづく俺は良い仲間と出会ったなって。……カルケさんとの話の中でも、それを痛感したよ」


「……え、交渉術の話をしただけじゃないの?」


「いや、それ以外にもあれこれ話してきたぞ。……いい両親に巡り合えたお前は幸せ者だな、ネリン」


「ええ、それはもちろん……って、そうじゃなくて!アンタ一体何を話してきたの⁉」


 先ほどまでの様子とは一変、焦りを隠しきれない様子でネリンは俺に詰め寄って来る。しかし、俺は口の前で指を交差させると――


「……すまん、そこは守秘義務ってやつだ」


「なんでよー⁉」


 俺が黙秘権を行使しても、ネリンの質問は止まらない。結局それが収まったのは、仲間たちの待つ屋敷の前へとたどり着いたのちのことだった。

かなり曲者ぞろいなヒロトたちのパーティですが、その根底には日常への愛着があります。信頼し合っているからこそ全力で臨む彼らの勝負、是非見守っていただけると幸いです!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!ツイッターのフォローも是非お願いします!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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