第三十三話『迷いの森攻略作戦』
「これが、迷いの森……」
ーー足を踏み入れた先に広がっていたのは、幻想的な森の風景だった。あたりはほぼ一面木で囲まれているのだが、今俺たちが立っている場所の周りは人工的に切り開かれたかのように開けている。自然にできた森と言うよりは、誰かが人工的に作り上げた迷宮と考える方がわかりやすいかもしれなかった。
「噂には聞いていたが、神秘的だな……」
ネリンに続くように、ミズネさんも感嘆の声を上げる。どういう原理か淡く発光している木々が並び立つ光景は、景色にあまり興味が無い俺でも目を奪われる美しさだった。
「ここに、妹さんを救うための薬草があるんですよね?」
しばらく景色に見とれていた二人だったが、俺がそう声をかけるとミズネさんの表情がとたんに真剣なものへと変化した。
「ああ、そうだ。……調べによれば、この森の最深部、魔力が最も満ちる場所にしか自生していないらしい。だからこそ、採取は困難とされてきた訳だが……」
「そこで俺の出番、ですね」
視線を向けてきたミズネさんに、俺はあらかじめ取り出しておいた図鑑を抱えながらうなずいてみせた。
「……本当に、頼もしい限りだよ。ヒロトがいなければ、私は困り果てていたことだろう」
「それはお互い様ですよ。俺たちだって、ミズネさんがいなきゃここまでたどりつけなかったでしょうし」
「そうよ。冒険は持ちつ持たれつだーって、パパも口を酸っぱくして言ってたし」
「……二人とも、本当にありがとう。このお礼は、エルフの里をあげてさせてもらいたいくらいだ」
頭を下げるミズネさんに俺たちが声をかけると、かえってさらに深く頭を下げてしまった。本当に律儀というか、情に厚い人だ。たまたま迷いの森攻略に適任だっただけの俺たちにここまで気を使ってくれていることが本当にありがたかった。
なんて、俺が思っていると、
「エルフの里!?あたしずっと行ってみたかったの!迷いの森を出たらそのまま行きたいくらい!」
目を輝かせながら、ネリンがずいとミズネさんの方に近づく。その様子を見て、ミズネさんは優しく笑って見せた。
「そうか。我らの里は、特段たいしたものも無いが……それでも、最大限歓迎しよう」
「いいの!?あたし、俄然やる気出てきた!」
「現金なやつだな……」
快いミズネさんの言葉を聞いて、気合いの入ったネリンが先陣を切らんと森の奥に歩き出す。それにため息をつきながら俺が後を追うと、ふっとネリンがこちらに口元を寄せてきた。
「ちょっ、いきなり何を……」
「ああもう、体バタバタさせないの!ああいう丁寧な人にはね、これくらいの態度で接した方がミズネさんも気が楽なの。ママが教えてくれたことよ」
突然のことに戸惑う俺を制しながら、ネリンは片目を瞑ってそう告げた。その言葉を聞いてふと後ろを見れば、俺たちの様子に苦笑しながらもミズネさんは俺たちに続いて歩き出している。その表情からは、どこか緊張が抜けているようにも見えた。
「確かに……お前、そこまでわかっててのあの態度だったのか?」
「いや、エルフの里に行きたいのは本音も本音よ。パパってば、エルフの知り合いいるのに全然紹介してくれなかったんだもの」
一石二鳥ってやつよ、とネリンは締めくくった。なんというか、ちゃんと周りが見えてるんだよな、こいつ……それは素直に尊敬する。ちゃっかりしていると、そう言うことも出来るのだが。
「……二人とも、そんなに先走っては危険だぞ」
俺たちに追いついたミズネさんが、俺たちを諭すような口調でそう声をかける。俺たちは素直にその背中に隠れ、図鑑を開いた。
「……さて、ここからが本番だな。ヒロト、私たちは何をすればいい?」
地図に目を落とし始めた俺を見て、二人は表情を引き締める。俺は見開きの地図に目を通しながら、
「まずは今日のパターンがどれに当てはまるかを判断しなきゃですね……しばらく周りを歩き回らないと」
図鑑がなければ知りえなかった情報だが、この迷いの森は完全にランダムで地形が変化している訳では無い。10パターンの森の構造があり、それが一定の周期で変化しているのだ。道中それを説明した時、ミズネさんも驚いていたのは記憶に新しい。
性格の悪いことに入り口の構造は変わらないため、俺たちはとりあえず周辺を歩き回るしかないというのが現状だった。
「そうか……では行こう。この先は危険な魔物も多いからな、私から出来るだけ離れないでくれ」
俺の方針にミズネさんは同意すると、正面の通路に向かって歩き出した。一面に広がる森の中に二、三本だけ先へ繋がる通路が開けている当たり、つくづく迷宮という言葉が似合う場所だ。
先をゆくミズネさんに遅れないように、俺たちは足早にその背中を追う。木々を包むぼんやりとした光が、俺たちを迎え入れるかのようだった。
「さぁ……迷いの森を攻略するぞ!」
今回短めでごめんなさい!ついに迷いの森に足を踏み入れた一向ですが、冒険はここからが本番です。三人に何が待ち受けているのか、次回を楽しみに待っていただけると幸いです!
ーーでは、また明日の午後六時にお会いしましょう!