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第三百三十話『横たわる大問題』

「……かくかくしかじかで、屋台が一つ回ってくることになりました」


「……いや、『なりました』ではないのだが」


 唐突に飛び出したあたしからの報告に、クローネさんは思わず目を丸くする。どうやら本当に予想外のことだったのか、あたしたちの間にはいくばくかの沈黙が落ちた。


「……いや、まずは経緯を聞こう。……どういう理由で、そんなとんでもない発言は飛び出したんだ?」


「……えっとですね、今回の四チームってあたしたちのパーティがそれぞれ一人ずつ分かれて担当としてついているじゃないですか。だから夜ご飯は皆で食べるんですけど、昨日はみんな外に出るって言いだして――」


 そういうふうに切り出して、あたしは昨日会った出来事をすべて説明した。一人になったあたしはとある屋台で(名前はちゃんと伏せた)ご飯を食べたこと。そうしていたら別行動だったはずの三人が揃ってその屋台を訪れてきたこと、事情を聞いたら出店交渉をその屋台としようとしていたこと――自分で言っていて作り話と疑いたくなるくらいの偶然の一致なのだが、これが本当に起こっているのだから性質が悪い。あたしからしたら、昨日の一件は完全に巻き込まれた形なんだからね。


「……そんなわけで四チームすべての担当者が揃った協議の結果、その屋台は謎の覆面舞台としてすべての区画を平等に回ることになったのでした」


「……作り話でしたというネタばらしをするなら、今だぞ?」


 話を聞いたクローネさんの第一声はそんな感じだった。まあ、そう言いたくなる気持ちも分かる。だってあたしが何も知らない立場でもきっとそういうもん。それくらい、昨日の出来事は奇跡的な要因が重なりすぎていたのだ。


「作り話なら『ですけど区画の調和のために断りました』ってとこまでやりますよ。そうならなかったってことは、現実なんです」


「……とりあえず、屋台の存在が波乱を起こしかねないことは認識していてくれたようで何よりだよ」


 力なく笑うあたしの表情で何かを察したのか、クローネさんも深々とため息を吐く。この問題が避けられないものであるという事実に、ようやく二人そろって向き合うことが出来たようだった。


 実際問題、あたしのところには来ないでも大丈夫だという話はしたのだ。だけど『平等に回れないのならあたしは屋台を出さない』とまで言われてはどうしようもない。あたしだって全力を尽くして勝ちにいかなければならない立場なのは十分に承知しているが、皆が全力を出せなかったから勝てる、なんていうのはどうしてもあたしの性に合わなかったのだ。


「とりあえず、屋台が通る経路の確保が先決だな。あるいて回ってもらうことを前提に作っているが、移動屋台専用の移動通路くらいは作り出せるだろう」


 瞬く間に一つ問題を解決したクローネさんだが、問題は別のところだ、とその表情を緩めることは無い。その後にどんな言葉が続くかは、大体想像がついていた。


「……ネリン女史。その屋台の外装は、どうなる予定だ?」


「……覆面屋台になるって話ですから、ある程度自由は効くと思いますけど――」


 そう、問題は屋台と区画の景観がかみ合うかどうかというところにもあるのだ。その問題を解決できなければ、いくらおいしい屋台とはいえど私たちのコンセプトからしたらノイズでしかなかった。


「……さて、どうしたものか……文字通り降って湧いたような難題だから、模範解答というものもないと見た方がよいだろうしな」


「返す言葉もありません……」


 巻き込まれたという意味ではあたしも立場は同じだが、その場の流れにつられて取るべき行動がとれなかったのもまた事実だ。その失態を取り返すためには、もう一度同じ交渉の場につく必要がありそうだった。


「……あたし、今度交渉するときに模様替えの時間を取ることを提案してみます。この区画に入ってくる前にこちらが作った装飾を付けてもらえば、むやみやたらと浮くことは無いかと」


「……それが一番現実的そうだな。素材も余ることが予想されているし、ちょうどいいだろう」


 制作もつつがなく進んでいるしな、とクローネさんは頷く。どうやらリカバリーの見込みはまだありそうだが、問題はその交渉のテーブルに着くのがあたしだということだった。


「その提案をどこでねじ込むか、そしていかに他の区画に認めてもらうか……考えるだけで頭が痛くなりそうですね」


「だがそれもまた経験だ。……折角こんな機会を得たのだし、やれるだけのことをやってくればいい」


 その言葉は突き放しているようにも思えるが、声色はひどく暖かかった。……この人は、あたしの成長も見据えてこの区画を運営して見せているのだ。


「……はい。必ず、いい結果を持ち帰ってきますね」


「ああ、よろしく頼む。……それでは、本題の作戦会議に戻るとしようか」


 お辞儀をするあたしに向かってクローネさんは柔らかい表情を浮かべてくれたが、そレもすぐに引っ込む。……ここからは、あたしたちが真に向き合わなければならないことが待ち受けるところだ。


「……『どうやって物語性をこの制作に組み込むか』―—ですか」


「ああ。……私の意見だけでは、どうも行き詰ってしまってね」


 その言葉を最後に、再びあたしたちの間に沈黙が漂う。他の三チームにはないゆるぎない地盤が、あたしたちの戦いを困難なものにしようとしていた。

ヒロトもずいぶんと苦戦していましたが、ネリンもネリンで大変です!それぞれ全く違うベクトルの問題にぶつかる中、果たして真っ先に打開策を見つけるのは誰なのか、お楽しみにしていただければ幸いです!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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