第三百二十八話『地盤と自由と義理と笑み』
「……はい、毎度あり。また来て頂戴ね」
「はい。……打ち合わせの時も、たくさん注文させていただきますね」
次の打ち合わせの機会をセッティングしつつ、俺たちはお会計を済ませる。交渉成立した後に俺たちも全品肉料理を味わい、結局のところ皆で同じ食卓を囲むことになった。
そんなわけで、交渉がうまく行きながら肉料理に舌鼓を打った俺たちはあまりに上機嫌だ。結果次第では険悪になってしまうかもしれないという不安もないではなかったが、それとは真逆の結果に着地できたのが今回の一番の収穫かもしれなかった。
「望外の結果だったな。ゼロか百かではなく、妥協点を作り上げることで誰も損しない展開にできた。……まあ、勝負の行方には何も関係しなさそうな着地点にはなったが」
「懇親会が盛り上がるっていうリターンはあるし、それでいいんじゃない?屋台が来てくれている間の時間をどう生かすかってテーマなら、あたしたちのスタイルが出ると思うし」
「……そう聞くと、なおさら勝負がややこしくなった気がするねえ。もう一日早く動けていれば、このアドバンテージを独占できていそうだったのが惜しいところだ」
「個人出店をしたがっている感じではなかったしそれだと無理だった感はあるけどな……そこは交渉術しだいか」
アリシアの交渉術―—というか話術はとんでもないし、俺が切り開けなかったルートをこじ開けていくのが想像できてしまうのが恐ろしいところだ。俺の提案を後押ししてくれたのも、そっちの方が安定だと思ったからだろうしな。
「ま、結果的に俺たちの実力がさらに問われる形になってしまったわけだけど……そっちの方が、懇親会の新しさは出るかもしれないな」
去年までの懇親会ではきっと移動する屋台なんてなかったはずだ。俺たちの提案で生まれた新しい形は、きっと新しい文化を生み出してくれるのだろう。
「……それにしたって、同じ場所に行こうとするなんて気が合いすぎな気もするけどね。一人だけ違う行動してたあたしが馬鹿みたいじゃない」
「んなことは無いだろ。お前たちのところは抱える問題が違ってて、俺たちは補強したい部分が被ってたってだけの話だ」
新しく何かを作る時に一番のネックとなるのは、やっぱり土台不足なのだなというのを痛感させられるばかりだ。案は出てくるけれど、それが実現するかというと怪しいものばかりだ。その点、やりたいこととそれを下支えする地盤がしっかりしているネリンたちの持つアドバンテージというのはやはり大きかった。
「それはそれで大変なんだけどね……。過去の地盤が滅茶苦茶に固いから、今度はそこから動かすのが難しいのよ。現に今、あたしが作り上げたルールをどう乗り越えるかであたしたちは悩んでるわけだし」
「……確かに、それは由々しき問題だな。前までの形に適応する形で作られたフォーマットを踏襲しながら改革していくというのは、思った以上に難しいものだ」
ネリンの抱える問題に懐かしいものを感じたのか、ミズネは深く頷く。エルフの里には厳しい掟もあるって話だし、エイスさんに仕えていた時にそこら辺の折衝というのも経験してきてるんだろうか。いろいろな話を聞いてきてはいるが、まだまだミズネの底は見えそうになかった。
「どちらがいいかは本当に議論の余地がありそうだね。ボクなんかは自分たちですべて作り上げる方が気楽でいいと思えるくらいだし、この境遇には感謝しているよ」
「俺はどちらかと言えばある程度案を固めてから動きたいけどな。……ちょうど今、リーダーが持ってきたトンデモ案をどうやって実現させるかで悩んでるところだ」
「それを実現させようってするのがヒロトの優しいとこよね。どう考えても無理だと思うなら、そうやって伝えて修正させればいいのに」
ネリンがそんな風に伝えてくれるが、生憎なことにその選択肢は一番最初に切り捨てていた。オウェルさんのため――なんて言ったらきれいごとだし、今までの行動すべてをそれで結論付けるのは無理がある。あえて言葉にするなら、そうだな――
「……俺がもう、無茶苦茶した身だからな。夢みたいな提案に乗っかってそれを現実にしてくれた人たちがいるんだから、そこで俺だけが『無理だ』なんて言葉を使うのは違うだろ」
要は責任の話なのだ。懇親会がここまで混迷を極めているというか、色々異例なことだらけになっているのは俺の提案が発端で、その中で皆必死にやりたいことをやろうとしている。ならそこに水を差すのだけはやってはいけないことだと、そう思っているだけだ。
「だから、トンデモな案が出てきてもそれを実現するために全力は尽くす。……結果は、保証できないけどな」
「……アンタ、やっぱり素直じゃないわね」
「……え?」
大真面目に考えたつもりなのだが、ネリンにはそんな風に映ってしまったらしい。じゃあ他の人はと思って二人に目をやると、ネリンと同じような視線が二人からも向けられていた。
「まあまあ、その素直じゃないところもある種ヒロトの美点だからね。それがどんな結果を生むか、個人的にはとても楽しみだよ」
「そうだな。ヒロトは、これだから強敵なんだ」
「いやいや、言ってる意味が分かんねえって……なんでみんなそんな表情で見てるんだよ⁉」
俺がその言葉たちの真意を理解できない中、三人の笑顔はさらに深まっていく。その真意というか本質に気づく前に、俺たちは屋敷へと帰り着いたのだった。
四人は今日生まれた取り決めをどう自分たちの区画に活かしていくのか!ますます過熱する懇親会づくり、楽しんでいただければと思います!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!