第三百二十三話『相乗効果』
「いやー……週明けはやっぱりきついな……」
「なんだかんだで二日間すっぱり準備から離れてたしね……。いきなり切り替えるってなるのは難しいわよ」
それぞれの仕事を終えた俺たちは、居間に集まってみんなしてくつろいだ様子だ。やはりどこのチームもペースアップが始まっているらしく、それぞれの表情には明らかに疲れの色があった。
「並行してやらなきゃいけないことも多いからね……そうなってくれば冒険と労力はそう変わらないさ」
疲れ方のベクトルは違うけれどね、と言いながらアリシアは大きく伸びをする。ぐったりとソファーにへたり込んでいる姿もすっかりお決まりのものになってきているが、少しずつ慣れも見せ始めているようだった。
「やらなければならないことが多すぎるからな……何を任せて何を自分の手でやればいいのか、その仕分けに悩むばかりだよ」
ミズネはまだ何か気になる事があるのか、だらけながらも手には何かしらの書類を持っている。視線をあちこちに走らせるその姿は、ミズネがいかに有能な秘書としてエイスさんに仕えていたのかを容易に想像させた。
「そろそろ現実的なところも始めていかないといけないもんね……。出店とかの元手があるのはあたしたちの強みだけど、そこ以外にも問題はたくさんあるし」
「そこが解決されてるのはとんでもないアドバンテージだと思うけどな……。出店交渉に悩まなくていいってのは大きなプラスだろ」
「そうだよ。そこ以外のクオリティアップに時間を費やせるのは、完成予想図が一番明確なネリンたちのチームからするとありがたい話だろうからね」
もちろんネリンたちの方も色々と課題が多いのだろうが、俺たちが今まさに頭を悩ませているところが丸ごとスキップできるというのはやっぱり羨ましいものだ。過去の制作とどう折り合いをつけていくかというのがメインテーマになる以上、そこを乗り越えればあとは比較的整備された道を進めるというのがネリンたちの強みだった。
「固定客というか、去年までの展示を期待してくれる客もそれなりにいるだろうからな……。革新革新と言われはするが、今まで積み上げてきたものの恩恵というのはやはり大きいさ」
「まあ、それは否定できないわよね。……ずるいとは、言わせないわよ?」
その事実をネリンも理解しているのか、俺たちに向けてネリンは不敵な笑みを浮かべる。それは皆分かってることだし、それをずるいと責めるやつもこの場には居なかった。
「方向性が違うだけで、ボクたちのチームにも強みと呼べるものはあるからね。……最初から、これはコンセプトの戦いなのさ」
「俺たちも俺たちで楽をできる部分はあるからな。……あとは、それがいかにお客さんに刺さるかどうかって話だ」
俺たちは新しいものを作るってスローガンのもと、ジーランさんの協力を得ることが出来たわけだからな。この街一の魔細工師を引き入れられたのは間違いなくオウェルさんの立てた旗があったからだし、そこは間違いなく変化の成果だと言えるだろう。
「そうよね。皆それぞれの個性があって、それを存分に生かしていいものを作り上げてくる。勝負はこうでなくっちゃ」
「そうだねえ。懇親会はお客様に楽しんでもらうのが最終目標だが、そのためにはまずボクたちがその制作過程を楽しまなければ」
笑みを浮かべるネリンに共鳴するかのように、アリシアも楽しそうに笑う。アリシアのその言葉は、ある意味懇親会づくりの真理のような気がした。
懇親会を作るってなっても、一人だったらここまで楽しんで企画を立てたりはできなかっただろう。横で突っ走ってる仲間たちの姿を見ることは、俺にとって一番のモチベーションだと思えた。
「……これが勝負である以上、ライバルの動向は無視できないからな。それを見ると、私も負けていられないと痛感するよ」
書類から顔を上げて、ミズネも強気な表情を浮かべる。全員が全員負けず嫌いだという俺たちの共通点は、懇親会にとって途轍もなくいい方向に作用していた。もしこれを見抜いてクレンさんが俺たちに声をかけていたのだというなら恐ろしい先見の明だと言えるが、本当にここまで見越してそうなのが何とも言えないところだった。
「……さて、それじゃあ明日からも頑張れるように英気を養わなくっちゃね。今からあたしは買い出しに行ってくるけど、何か食べたいメニューはある?」
「あー、それなんだけどさ」
そう言いながら席を立ったネリンを呼び止めると、不思議そうな目がこちらを捉える。ネリンの料理が食べたいのはやまやまだが、俺にはほかにやらなくてはいけないことがあった。
「少し行かなくちゃいけないところがあるから、俺は外でご飯を食べてくるよ。だから、今日の夕飯は三人分で大丈夫だ」
「「……え?」」
そう反応したのは、突然そう告げられたネリンーーではなく。
「……なんで、二人の方が驚いたような反応をしてるの?」
ミズネとアリシアが、俺の宣言を目を丸くしながら見つめていた。
次回、二人が驚いた理由が明かされます!今夜に果たして何が起きるのか、楽しみにしていただけると嬉しいです!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!