第三十一話『いざ、迷いの森へ』
「……本当にありがとう。君たちには感謝してもしきれないよ」
迷いの森へ行く話がまとまってから少し後、鍛冶屋を出たところで、ミズネさんは俺たちにもう一度深々と頭を下げた。
――鍛冶屋のおじいさんとは話を付けてもらい、後日に予約をさせてもらうことになった。ミズネさんの武器の話は間に合わなかったが、その胆力を見込んで今度武器を作ってくれるそうだ。おじいさんがそう言った時、ミズネさんが目を輝かせていたのが印象的だった。
「そんなかしこまらないでもいいですよ。たまたま俺の知識が役立つタイミングだったってのもありますし。……それに、困ってる人を追い出して武器作ってもらうってのも寝ざめが悪いですし。な?」
最後の一言でネリンに水を向けると、ネリンも大きく頷いて見せた。
「そうよ。それで一人で迷いの森に向かって帰ってこないとかってことになったら、私たち一生ぐっすりできないもの。冒険者としての経験も、大事なことだしね」
「相変わらず素直じゃない…………いやなんでもないっす」
よどみなく、しかしどこか素直じゃないネリンの返答に茶々を入れようとしたが、鋭い視線が飛んできたので俺はとっさに視線を逸らす。しかし、じとーっとした目つきでネリンはこちらを見つめ続けていた。
「素直じゃないのはアンタも同じだってのにね……」
「ふぐうっ」
ぼそっと呟かれた言葉が、ぐさりと俺の心に突き刺さる。ふと自分がかけた言葉を思い出してみれば、なるほど確かに素直じゃない。何ならネリンよりも素直じゃない。……くそ、これがブーメランってやつなのか……!
たった数十秒前の発言に俺が悶えていると、突然隣から笑い声が聞こえる。とっさに抗議の声を上げようとしたが、その声の主はネリンではなかった。
「……ミズネさん……?」
口元を押さえて、ミズネさんがくすくすと笑っていた。普段の凛とした表情は緩み、いかにも楽しくて仕方がないといった様子だ。
「いや、すまないな……君たちは仲がいいんだなと、そう思っていただけだよ」
「それ、誰に会っても言われるわね……」
楽しそうなミズネさんにはさすがのネリンも強くは言えないのか、どこか諦めたようにため息をつく。確かに一番気楽にものが言える存在ではあるが、そんなに仲良く見えるものなのだろうか……?
「君たちを見ていると、里での暮らしを思い出すよ。……そうだな、ちょうど妹とその友達を見ているかのような、そんな感じだ」
俺が考え込んでいる間に、ミズネさんがしみじみとそう漏らした。その眼はどこか遠くを見ているような、懐かしむような感じだ。
「……妹さん、助けなきゃですね」
「ああ。……私と違って朗らかで、たくさんの人に囲まれる子なんだ。……今理不尽な形で、その命を終わらせたくはない」
俺が声をかけると、ミズネさんの目がふっと強い光を帯びる。……この世界に来てから初めて見て、それからずっと、見続けてきた目だった。
……かっこいいなと、思う。バルレさんも、ダンさんも、クレンさんも、そして今目の前にいるミズネさんも。
――譲れない何かのために動ける人は、かっこいいのだ。
「……迷いの森の案内は、任せてください」
せめてそれに負けないように、俺も力強く宣言する。すると、ミズネさんの口元がふっとほころんだ。
「……うん、頼りにしているよ。……そういえば、まだ二人の名前すら聞いていなかったな」
「……あ」
……そういえばそうだった。こっちは名乗りを聞いていたから特に不自然さもなく会話ができたが、ミズネさんからしたらずっと俺たちは名前も知らない人だったわけだ。
「ここまで全然気づかなかったわ……改めて、あたしはネリン。パパみたいに立派な冒険者になることが目標なの」
「ヒロトです。……えと、のんびり冒険者稼業を楽しんでいければなー、と」
ネリンが先陣を切ってくれたはいいが、そのあまりに堂々とした宣言に俺のハードルが上がってしまう。結果としてぼそぼそとしゃべる形になってしまったが、ミズネさんは特段気にしている様子もないようだった。
「……ヒロトと、ネリンか。……改めて、私はミズネ。エルフの里で生まれ、今はとある街を拠点に冒険者稼業を営んでいる。……よろしくな、二人とも」
そう言って、ふっと微笑む。その所作はあまりにも大人びていて、俺たちと同世代か少し上の見た目なのが不思議なくらいだ。……エルフって種族の特徴だろうから、そこは自然な部分でもあるのだろうが。
それにしては、精神性も俺らと近いように思えるんだよな……若々しいと、そう表現するのは少し違う気もするけど。
「……迷いの森に行くと決まれば、今すぐにでも出発したい。私の準備はできているが……二人は、大丈夫か?」
ミズネさんの問いに、俺たち二人は一瞬顔を見合わせる。一応二人とも防具と武器は一そろい持っているが、俺のものは駆け出し用のものだ。ネリンのものは少し手が加えられているようだったが、なんにせよそんな重装備でないのには変わりない。さてどうしたものかと、俺が考えていると、ネリンがミズネさんの方に一歩進み出た。
「私はいつでも大丈夫よ。……ヒロトも、そうでしょ?」
そう言うと、ネリンは俺の方に視線を向けてきた。……その眼には、「やれるわよね?」というネリンのメッセージが込められている気がして。……それが分かってしまった以上、俺も引き下がるわけにはいかなかった。
「……いけます。妹さん、一刻も早く助けたいですもんね」
一歩進んでネリンの隣に立ち、胸の前でぐっと拳を握る。半ばノリに任せた形ではあるが、それでも心の準備はできていた。……それに、ネリンが腹くくってるのに俺が動かないわけにはいかないもんな。
「……ああ、ありがとう。安心してくれ。……君たちには、傷一つつけさせない」
背中に背負った件に手を触れながら、力強くミズネさんは頷く。それを見て、俺たちも大きく頷きを返した。
「そうと決まれば善は急げ、だ。……いざ、迷いの森へ!」
「「おおーっ‼」」
――ミズネさんの勇ましい号令に、俺たちが続く。三人の掛け声が、昼下がりの商店街に響き渡った。
次回、迷いの森編スタートです!ヒロトの二度目の冒険に何が待ち受けているのか、次回の更新を楽しみにお待ちいただけると幸いです!
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――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!