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第三百十一話『考えの裏側』

「クレン様ですね。今なら書類作業をしていると思いますし、声をかければ来ていただけると思いますよ」


「それは良かった。話したいことがあるってことだったから、部屋かなんかがあると嬉しいんだけど」


「わかりました。空き部屋はいくらかありますので、そちらも押さえておきます」


 ネリンの要望に応えながら、連合の受付さんが後ろへと引っ込んでいく。俺たちの思った通りクレンさんの予定はかなりフリーなようで、五分もしないうちに俺たちのもとへともどってきた。


「今からそちらへ向かうそうです。一番近場の部屋を確保したから、そこで合流しましょうとのことでした」


「了解した。いきなり来てすまなかったな」


「いえ、それが私たちの仕事ですから。私たちのトップが自由に行動するのはいつものことですしね」


 丁寧な案内に頭を下げると、受付さんも慇懃に頭を下げる。その言動にどことなく諦めの色があったのは……まあ、気にしないことにしよう。


「アイツ、ほんと誰にでも自由なのよね……やりたいと思ったことがあったらそれが実現するように動くし、そのために周囲を巻き込んでいくから自然と規模が大きくなっていくのよ」


 連合でもそんなことがあったらしいしね、とネリンがため息を吐きながら振り返る。その気質があったからこそ冒険者から連合のトップにまでいけたのだろうが、それに振り回される人たちが居るのもまた事実の様だった。……きっと、ネリンもその一人だ。


「……ここか。そう言えば、連合の談話室は今まで使ったことがなかったな」


「話をするために来るってことがあまりなかったからな……そうだったとしても立ち話だったり喫茶店での相談だったりしたし」


 長いソファー二つの間に長机がおかれ、周りにいくつかの棚が置かれているだけの簡素な談話室だったが、それでもこの部屋は新鮮に見えるから不思議なものだ。他の部屋と比べて静かな感じがするのも、基本的ににぎやかな雰囲気のある連合本部の中で少し異質に見えるのかもしれなかった。


「いままでクレンさんから受けてきた依頼とかも成り行きによるものだったからな。そう考えると、話したいからって呼び出すのは少し変にも思えるけど」


「懇親会に関しての頼み事は家にまで来てたわけだし、確実にこの場所にまつわる何かなんでしょうね。『冒険者』としてのあたしたちが今回は求められてるって感じかしら」


「ボクたちの成長を逐一知っている人でもあるわけだからね。そこを買って指名依頼という形を取りたいというのもありえなくはないか」


 クレンさんが来ていないこともあって、俺たちの話題は自然とクレンさんの意図を読み取ろうというところに終始し始める。どんな行動にも裏があるように思えるのはそれだけクレンさんのことを大きく見ているからというところが大きいのだが、『また突拍子もない事が起きるのではないか』なんて考えが消えてくれないのもまた事実だ。キメラ討伐依頼も、俺たちがパーティとしての方向性を見つけようとしていた矢先でのことだったわけだしな。


「アレも結果的にいい方向には行ったけど……危なっかしい場面があったのも確かだしなあ」


「アレももう一か月前のことなのよね。……あのクエストが無かったらここまで成長できなかったって言えるのが、アイツの底知れなさをさらに加速させてるわけだけど」


 俺の独り言に反応して、ネリンがしかめっ面を浮かべる。一番古くからクレンさんのことを見てきているからこそ、その尊敬するべきところも底知れないところも見てきているのだろう。なんやかんや言いながらも、一番クレンさんのことを高く買っているのはネリンなのだ。


「……ああ皆さん、お待たせしました。こちらが呼び出しておきながら申し訳ない」


 そんなことを話していると、慌てた様子のクレンさんがドアを開けて談話室に姿を現した。スーツ姿でばっちり決めたその姿はいかにも仕事中と言った様子で、呼び出しがかかってから急いでここまで来たのは間違いないといったところか。普段から割といろいろな仕事をしているらしいのだが、今日はまた一段と忙しそうだった。


「伝言を聞くなり飛んで来たのはこちらだからな。対応が遅れても無理はないさ」


「そう言っていただけるとありがたいですね……こちらもそこそこ忙しい時期でして、勤務時間中は割とあちらこちらを行ったり来たりしているんですよ」


 汗をぬぐいながらのクレンさんの言葉に、ネリンの視線がジトっとした重さを帯びる。どうやらその発言には何かしらの裏があるようだが、それが何なのかは知る由もないだろう。


「そんな中でエレナさんに伝言を頼んだ……ということは、それだけ急を要することがあるという認識で大丈夫なのかい?」


「急を要する……と言われれば、そうかもしれませんね。可及的速やかにという訳でもないのですが、伝えるのだけは早めにしなくてはならないというのが私の判断です」


 ミズネの質問に、クレンさんは珍しく言葉を詰まらせる。そのまましばらく視線を泳がせたのち、呼吸を一つ挟んで俺たちの方を向き直ると――


「……実は、これはあのキメラにまつわる案件の続きともいえる話なんですよ」


「……え?」


 思わぬ方向から飛んで来た話題に、俺は思わず目を丸くした。

クレンの口から何が語られるのか、そしてそれはパーティにどんな変化をもたらすのか!少しずつ懇親会の後についても言及が始まっていきますので、全てひっくるめて楽しみにしていただければと思います!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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