第三十話『見知らぬ森の案内人』
「君が、森の案内を……それは、本当なのか⁉」
俺の言葉を聞いた瞬間、ミズネさんが俺の方に身を乗り出してくる。それに対して俺は頷くと、さっき見つけたとあるページを開いて……
「……これが、ミズネさんに必要な地図ではないでしょうか」
そう言って、『迷いの森の全体図』と銘打たれた地図を指し示して見せた。
「……これは……」
ミズネさんは何やらぶつぶつとつぶやきながら、俺の差し出したページを瞬き一つせずにまじまじと見つめている。視線だけで穴が開きそうなくらいにそれを見つめ続けた後、ミズネさんは唐突に頷いた。
「……ああ。これは確かに、私が必要としていた地図だ。間違いない。……まさか、まだこの世界に現存していたとはな……」
そう言って、ミズネさんはふっと目を伏せた。とりあえず間違ったことを言っていなくてよかったと俺が一安心していると、ネリンが「……ちょっと、いいですか?」と割り込んできた。
「ああ、どうした?」
「……ミズネさんの話によれば、迷いの森の地図はもうないんでしょ?それなら、どうしてこれが本物だってわかるの……?コイツの図鑑を疑う訳じゃないんだけど、なんとなく気になっちゃって」
……たしかに、ネリンの指摘の通りだ。たとえ『五千年前の図鑑の写しですよ』と言われてそれっぽい記述を見せられたとて、原典がなくちゃそれの信憑性は怪しい。ミズネさんが何を持って正しいとしたのか、一度気になりだすと確かによくわからない部分だな……
俺が首をひねっていると、ミズネさんが口を開いた。
「……それは、だな。…………私の幼少期の記憶と、重ね合わせた」
「幼少期の……?」
意外な答えに、ネリンは意表を突かれたようにそう返す。俺としても、ネリンと同意見なのだが……
「そうだ。といっても、ほんの八十年前のことさ。記憶はいまだに鮮明に残っている」
「「八十年前⁉」」
突如飛び出したとんでもないスケールの話に、俺たちは声をそろえて驚愕する。だってそれもそのはず、ミズネさんの見た目は俺たちと同世代かちょっと上くらいにしか見えないのだから。……え、異世界のアンチエイジング技術ってそんなに進んでんのか……?
後で図鑑で調べてみようと俺がひそかに決意していると、ここまで沈黙を貫いてきたおじいさんが口を開いた。
「……エルフは人間なぞよりはるかに長命だ。誇張抜きで、八十年前などほんの少しなのだろうよ」
「まあ、そういうことだ。記憶力には自信があってな」
「……ああ、そういうことね……」
おじいさんの講釈にミズネさんが同意すると、ネリンも合点がいったように膝を打つ。そっか、エルフって現実でも長命なのか……てっきり創作の中だけの話だと思っていた。それなら今までの大人びた態度も納得がいくってものだな……
「まあ、私が覗き見た時にはもう一部が失伝してしまっていたのだがな。しかし、私の覚えている限り、その本に書かれている地図は私の記憶と一致する。……だからこそ、私もその地図が正しいと判断するに至ったというわけだ」
何が幸いするか分からないな、とミズネさんは柔らかく笑って見せる。その仕草は、真相を知った今ならむしろ若々しく見えるほどだった。大人びてるとはいえ、それでもキャリアウーマンくらいに見えるんだよな……俺の近くにたくさんキャリアウーマンがいたかと聞かれるとそうでもないのだが。
「……納得いただけただろうか。……それを踏まえて、改めて君たちに聞きたい」
そう言うと同時、ミズネさんの雰囲気が引き締まる。カガネで何度も目にしてきた、真剣な大人の目だった。そして、ミズネさんは大きく息を吸い込んで、
「……無理を言っているのは百も承知だ。だが……迷いの森に、君たちも同行してくれないだろうか」
そう言うと、ミズネさんは深々と頭を下げた。完璧と表現するほかないくらいに綺麗なお辞儀に、俺も背筋を思わず伸ばして向き合う。
「私一人では、その地図を有効活用しきれない可能性がある。……もちろん、君たちに危険が及ばないように全力を尽くすし、相応のお礼も用意しよう。……頼む。私の妹を救うために、協力してくれないか」
畳みかけるように、俺たちに向かってミズネさんは語り掛ける。その言葉はわずかに震えていて、俺は思わず息を呑んで、隣のネリンに視線をやった。
俺としては同行してあげたい気持ちでいっぱいだが、今回の町巡りのプランを練ってくれたのはネリンだ。それに対して、何の断りも取らずに二つ返事をするわけにもいかない――
――なんて思っていると、ネリンはやれやれといった感じでため息をついた。
「アンタのやりたいようにしていいわよ。……きっと、同じこと考えてるでしょうし。予定はまた後で組みなおすわ」
「……恩に着るよ」
どうやら似た者同士らしい俺の友人は、俺がどうしたいかをしっかりと理解してくれていたらしい。軽く頭を下げてその厚意への感謝を告げると、俺はミズネさんに向き直った。
「……顔、上げてください」
俺がそう声をかけると、ミズネさんははじかれたように顔を上げる。不安げに揺れる瞳から目をそらさないように努力しながら、俺は大きく息を吸い込んで、精一杯優しく笑って見せた。
「……ミズネさんの目的、俺たちもお手伝いさせてください。冒険者としては駆け出しですけど……迷いの森の案内人として、力になります」
そう言った後、工房に少しの沈黙が流れる。……少し上から過ぎたかなと、そう俺が思い始めていた時――
「ああ……ありがとう……ありがとうっ……‼」
ミズネさんの目から涙がこぼれていることに、気が付いた。
「ちょ、ミズネさん⁉何か俺ダメなことしましたか⁉」
唇を震わせるその姿に、俺は完璧にやらかしたと思って必死にフォローを入れようとする。しかし、そんな俺の様子をみてミズネさんはゆっくりと首を振ると――
「……君たちの優しさに感謝するよ。……必ず、君たちを守ってみせる。……そして必ず、妹を救ってみせるよ」
――そう言って、優しく微笑んだのだった。
という訳で、次回から本格的に二日目の佳境へと突入していきます!三人のいく先に何が待っているのか、是非楽しみにお待ちください!
余談ですが、今日で第一話からの毎日投稿がかれこれ一か月になります。我ながらよくやってるもんだなあと思う一方、一か月毎日投稿してもライトノベル一冊分にもなっていない事実に少し驚きを感じてもいるわけで。これからも毎日投稿は続けていくつもりですので、どうか毎日覗きに来ていただけるとこれ以上ない喜びです。
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!