第三百三話『魔物の非合理』
「ミズネの火力でも止まらないとか、流石に強すぎるでしょ……‼」
「ああ、何かからくりがあるとしか思えないね……‼」
向かってくるカッスルタイガーから全力で距離を取りつつ、ネリンとアリシアもそうこぼす。アリシアの言う通りあの耐久力にからくりがあるのならそれを暴き立ててやらなければならないところだが、無策のまま逃げていてもそのための時間は訪れてくれそうになかった。
「からくりがあると考えるのは簡単だが、そればかりに囚われると事実を見逃しかねないぞ。……私の魔術だって、全てに通用するという訳ではないのだから」
少し渋い顔を浮かべながら、ミズネは俺たちにそう釘を刺した。……目の前のカッスルタイガーが異常個体だということはもはや言わずもがなだが、『何が』異常なのかというのはまだまだ分析の必要がある。それを決めつけるようじゃ、都合のいい考えって言われても仕方ない話だった。
「となると、なんでアイツがあんなに耐久力があるのかってのを論理的に説明しなくちゃいけなくなるわけだけど……」
「そのためには観察が必要だね。……つまり、時間稼ぎの必要がある」
「……そうだな。ミズネの攻撃でも怯まなかったヤツ相手に、時間を稼がなきゃいけなくなる」
しかもその間に相手をしっかり観察し、耐久力の理由にある程度アタリを付けなくてはいけないというおまけつきだ。只逃げるだけではらちが明かないということもあって、時間稼ぎをするにしたって俺たちにかかる負担は半端なものではなかった。
「……だが、それ以外に打てる手がないのもまた事実だ。私が攻撃を加えるから、皆は援護しつつ観察していてくれ」
ミズネがそう結論付けると、大きな氷の槍が一本頭上に装填される。この中で一番現状を冷静に分析できていると言ってもいいミズネがそう決断したということは、それ以外に方策もないということだ。……なら、いまできることを全力でやるほかに選択肢はないだろう。
「……救援の準備はしておいてくれよ?」
「分かっているさ。紫電の準備だけはいつでもしてある」
カッスルタイガーへと接近していくミズネの後姿を見つめながら、俺はアリシアに小声で確認する。この中で一番瞬発力を埋めるのはアリシアの雷魔術だし、それくらいでもなければ近距離まで接近しての救援はリスクにしかならないだろう。そういう意味では、アリシアのスピード感というのは俺たちに一番足りなかったピースなのかもしれない――というのは、いつかミズネが言っていたことだった。
「……お前の相手は私だ、来い――‼」
逃げ惑っていた相手が突然反撃と言わんばかりに距離を詰めてきたことに、カッスルタイガーは少しばかり動揺したように足を止める。その一瞬のスキを見逃さず、ミズネはその足元へと滑り込んだ。
「氷よ、剣となれ‼」
その言葉と同時、地面から氷の棘が何本も飛び出してくる。もしよけそこなえば串刺しになりかねないような攻撃だったが、間一髪のところでカッスルタイガーはその範囲を逃れていた。巨躯に似合わない大跳躍を見せたそれに、ミズネも苦笑を禁じえない様子だ。
「簡単にはいかないということか。……なら、これはどうだ!」
空中にいるカッスルタイガーを睨みつけながら、ミズネは地面に大量の氷の棘を出現させる。あくまで着地際を刈り取ろうとする冷静な一手に、カッスルタイガーは咆哮を一つ。それは、この戦いの中で何度か聞いたようなものだった。
「ガル……ルオオッ‼」
「……くそ、やはり単純な手では届かないか……‼」
勇ましい声を上げながら、カッスルタイガーは氷の棘を踏み砕いて着地する。この手が通じないことは想定の上だったのか、ミズネは既に次の行動のために氷の槍を無数に装填していた。
「血の一つも流れないとか、どれだけ強靭な体なんだよ……」
「確かに、不自然なくらいに無傷だね。もう片割れには、あれほど素直に攻撃が通ったというのに」
そう聞いて思い出されるのは、俺たちの先制攻撃で無数の傷を負ったカッスルタイガーの片割れの姿だ。今目の前に立っている個体と体のつくりはそう変わらないというのに、身体の耐久力というのは明らかに差がついていた。……その事実を確認すると同時、ネリンが隣で首をかしげる。
「……じゃあ、なんでその脆い方がすべての攻撃を受けたのかしらね?最初からこっちの奴に防御させていれば、今でも二匹生きていたかもしれないのに」
「……それは、確かに妙だな。明らかに効率が悪い」
魔物のやることだからすべての行動に理屈をつけることは難しいにせよ、その違和感は到底無視できるものではない。ここに来て初めてとっかかりを見つけられた形だが、じゃあそれがアイツのからくりに直接迫るものかと言われると怪しいのが難しいところだ。
「……それでも、怪しいところが見つかっただけマシね。……アレが、ただただ理不尽な怪物ってわけじゃなさそうなのが見えて来たし」
「そうだな。……俺たちにできるのは、そういうところから突破口を見つけることだ」
俺たちが託された役目を再確認して、視線を目の前の戦いに戻す。未知の耐久力を持つ魔物との戦いは、新しいフェイズに突入しようとしていた。
本編では書けませんでしたが、この一ヶ月でパーティ全員が成長を遂げています。それをここで書くだけでなく、いつか番外編として言及出来たらなと思っていますので、そちらも楽しみにしていただけると嬉しいです!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!